第52話 無駄に時間を過ごしたらしい

「それで勝者の優里さん、どうするんですか」

「そーですねぇ・・・」


 しばらく考えたそぶりの優里さんは、名案だとばかりにポンッと手を打った。だいたいこういうときのこういうリアクションに名案があることはない。優里さんに限った話ではないが・・・。


「一緒に入りましょう!これなら問題」

「大アリですよ!なんで自信満々にそんな提案が出来るんですか!?」

「ですが一番理にかなっていると思いますが・・・」


 そういう問題ではない。

 一緒に入るっていう事が既におかしいんだけど、そこを何も感じないのが優里さんだ。

 未だにそういう感性?少し特殊な家庭環境が一般とかけ離れているような気がする。随分とマシにはなったと思うが。


「とにかく男女で一緒に風呂なんて駄目ですよ」

「え~・・・、では信春君から入ってください。私はリビングで待ってますから」


 というわけで結局俺が先に入ることになる。まぁじゃんけんに負けた時点でこうなることは決まっていた。ならないパターンがあったとすれば、俺が優里さんの提案を断り切れずに一緒に入ることになるといった場合のみだ。


「では部屋をしっかり暖めて待っていてくださいね。すぐ入るんで」

「ごゆっくりお入りくださいね」


 すでに体に付着していた雨水は落ちきっている。そこからも、どれだけここで無駄に時間を過ごしていたのかがわかるだろう。しかも結局俺が折れるという・・・。

 玄関に投げ置いていた鞄を脱衣所に置いてから、自室へ着替えを取りに行く。

 それにしても随分体が冷えてしまっていた。歩いたときに感じる肌に触れる温度が余計に体を冷やしている気がする。

 それはきっと優里さんも同じだろう。

 まだ玄関で濡れた服を丁寧に拭いている優里さんを見て、リビングの暖房をオンにしてから脱衣所に入った。

 いつもの入浴なら最初にしっかりと体を洗ってから、結構じっくりと浴槽につかるのだが今日は色々ショートカットする。

 雨で濡れたこともあるから体と頭は入念に洗って、浴槽にはつからず早々に風呂を出た。

 サッサと服を着てドライヤーで頭を乾かす。ある程度身だしなみを整えたら完了だ。


「お待たせしました。どうそ入ってください」


 リビングにはあまりの早さに驚く優里さんがこっちを見ている。さすがに制服は着替えていて、しっかり部屋着ではある。そこは安心した。


「早すぎませんか?信春君は烏だったんですか?」

「そんなわけ無いでしょ。ほらほら早く入ってください。風邪引きますから」

「あ、そうですね。・・・あとからもう一度入りますか?」

「いえ、さすがに短時間で2回は。ゆっくり入った後はちゃんと栓を抜いて出て来てくださいね」

「わかりました」


 優里さんはすでにリビングに着替えを用意していたらしく、早速脱衣所へと向かっていった。

 扉の向こうで小さなくしゃみが聞こえる。やっぱり先に入ってもらえば良かっただろうか?

 それにしても少し鼻がムズムズする。あ、もしかしてやってしまっただろうか?

 やや不安に思って一応厚着をしてから、晩ご飯の用意に取りかかった。

 昨日スーパーで買った鰹の切り身を冷蔵庫から取り出す。今日のご飯はカツオのたたきにしよう。

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