第50話 雨の日の女の子は色々ヤバいらしい
玄関に戻ったとき、一人の生徒が途方に暮れていた。傘も持たず、どうしたものかと外を眺めている。
残念ながらスマホに入れている天気予報アプリによると明日の朝まで雨は降り続けるようだ。雨が止むのを待っていたら、明日になってしまう。
「お困りですか?」
「はい。まさか今朝はあれほど晴れていたのに、こんな土砂降りになるなんて思いませんでした」
「では、傘をお貸しいたしましょうか?」
「いいんですか?」
振り返った優里さんは満面の笑みだった。やっぱり傘が無くて困っていたらしい。売店には売ってあるはずなんだけど、残念ながらあ突然の雨だ。すでに売り切れていたのを確認しているし、これまでお嬢様だった優里さんが売店に傘が売ってあることをそもそも知っているかも怪しいところだ。
俺は傘を持って優里さんの隣に立つ。優里さんは俺から傘を受け取るべく手を出している。
「あの・・・?」
「実は大事な話があるんです」
俺の真剣な眼差しに優里さんは緊張した面持ちで俺の次の言葉を待っている。
「朝は傘を2つ持っていたんです」
「はい」
「しかし帰るときには1つになっていました」
「誰かに持って行かれたんですね・・・」
「そういうことです。つまりこの土砂降りの中、びしょ濡れにならないように帰るためには、この傘に一緒に入る必要があります」
俺が傘を開きながら言うと、優里さんは迷うこと無く俺の隣に入ってきた。距離は近いのだが、同居当時よりもドキドキしなくなっていた。もちろん嬉しい感情が無くなったわけではない。
学校が終わり、長かった1日ももうじき終わるというのに、優里さんからは良い匂いがするし、そう考えるとさっきまで体育館で友人たちとバスケをしていた俺は結構汗臭いのでは無いだろうかとか思ってしまう。
チラッと優里さんを見たけど不快そうな表情はしていなかった。一安心だ。
話を戻そう。
俺は少し傘を優里さん側に傾けて雨の中へと歩を進めた。
「私の傘ですから少し小さいですね」
「すみません。俺が傘を取られたばっかりに」
「謝らないでください。おかげでこうやって一緒に帰れるじゃないですか?」
さっきから微妙に優里さんが傘の棒の部分を俺に押してきている。負けじと俺も押し返す。
「あまり私に気を遣わないでください。信春君の肩、雨がかかってますよ」
「優里さんこそ鞄が濡れているじゃないですか」
「私は鞄ですから乾かせばいい話です。信春君は風邪を引いちゃうかもしれないじゃないですか」
プクッと膨れてまた押し返してくる。今は鞄だけだけどこれ以上押されたら優里さん自身も濡れてしまう。それだと待った意味がまるで無い。
「ではこうしましょう」
俺の提案に押す手を止めて見上げてくる。近いからいつもより破壊力が高い。
グッと我慢して続きを話す。
「俺がもし風邪を引いたとします」
「はい」
「その時は精一杯看病してください。それなら俺は満足ですし、今優里さんは濡れずに済みます」
無言の優里さんは、今日一の力で棒を押し返してきた。勢い余って棒が俺の顔に直撃する。
「アイタッ!?」
「信春君が風邪を引いたら私が責任を感じちゃいます!絶対二人とも風邪を引かないように帰るんです!」
結果、優里さんは俺の腕に体をくっつけてほぼ密着みたいな状態で帰ることになった。お互い鞄は濡れてしまったものの、流石にこれだけくっつけばお互いの体が雨に濡れることは無い。
「ところでどうして信春君は私が帰る時間が分かったんですか?」
「え?あぁ、八神の下駄箱に手紙を入れてたからですかね」
「手紙ですか?」
「はい。『生徒会が終わったら体育館に知らせに来て欲しい』って」
「・・・八神君、何か言っていませんでしたか?」
「いや、なんにも言ってなかったけど・・・。あ、でもなんかやけに顔をじろじろ見られた気がします」
「そうですか・・・」
それっきり優里さんとは何も話さず電車に乗った。少しいつもと時間がずれたが帰宅ラッシュに巻き込まれて、無言のまま優里さんをかばうポジションに立つ。何か、何だろうね?雨に少し濡れた女の子ってヤバくない?
庇うためとはいえ、壁ドンみたいな格好をキープしていると嫌でも色々目に入ってしまう。くっつかれたのは慣れたけど、これには未だ慣れない。
あと湿度が高すぎて、嫌な汗が体を伝う。早く帰って風呂に入りたい。もちろん先に入るのは優里さんだけど。
どうにか帰宅した俺達だったわけだが、ここで第二次お互いを思い合う合戦が始まった。
まぁ要約するとどっちが先に風呂に入って体を温めるかっていう話なんだけどね。
いつもは優里さんに折れている俺だけど、負けられない戦いがここにはあるように思えた。
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