第44話 完璧超人にも色恋沙汰はあるらしい

「よぉ~、そば食いに行ったぶりだな」

「そば食い逃げしたぶり以来の間違いだろ」


 教室に入るとすでに俺の机の上でスタンバっている秀翔がいた。暢気に手を挙げて挨拶しているが、こいつ俺がいなければ無銭飲食の犯人である。


「怒ってんの?俺があれだけ適切なアドバイスしてやったのに?感謝の言葉が先だと思うけどな」

「それは俺がいう言葉であって、お前が言うこと自体間違ってる」

「俺が言わなきゃ絶対お前言わないだろ」

「・・・まぁな。ってか言われてもお礼なんて言わんけど」


 なんて会話をしていた。


「はよー!」


 そしてしばらくすると体操服姿の綾奈も教室へ入ってくる。

 陸上部はどうやら朝練があったらしい。GW明けて早々大変だなぁ。


「今日は優里ちゃんと一緒じゃなかったんだね?」

「声でけーわ」

「え?一色さんがなんだって」


 事情を話している2人が最も危険だと気がついたのは、あの日俺達の関係を話した日のことだった。

 なんせこうやって定期的に教室で優里さんの話題をデカい声でされる。

 一部の女子はすでに知っているが、男子はほぼ全員が俺を追っていたせいでその話を知らないでいた。

 だからこそ、ここでその手の話をするのは止めて欲しい。

 怖いことに綾奈は悪意無く、優里さんのことを話題をしているのだ。秀翔は間違いなく確信犯である。

 俺がチラチラ教室の中を見渡すと、数人が嫉妬羨望殺気の目で俺を見ている。うん、間違いなく気のせいじゃない。


「今日は生徒会なんだと。7月にある文化祭の打ち合わせだってさ」

「あ~もう文化祭の話する頃かぁ。わりとこの学校の文化祭盛り上がるもんな」

「確かにね~。近所の高校生がたくさん来るよね。それも結構レベル高いんだよ?」

「あー、綾浮気は駄目だからな?」

「心配しないで?秀ちゃんより格好いい人なんていないから」


 俺はこの2人の会話をどういう目で見ていれば良いのだろうか。だいたいいつもは無視なんだけど・・・。


「っていうか去年、文化祭の学年実行委員やったけどマジで面倒くさかったぞ?もう絶対やらねぇ」

「そうだったねぇ。結局去年は全然秀ちゃんと一緒に過ごせなかったし」

「へぇ~、そんなに大変なら俺はしたくないな。例年通りのんびり過ごしたいよ」

「最後の年だしな。面倒ごとは他のやつにやらせたいわ」


 なんて話をしているが、各クラスから男女1人ずつ選出されるためこの中にいる誰かしらがやることにはなる。

 そして学年実行委員の多忙ぶりは有名な話で、誰も好き好んでやろうとしない。毎年立候補で委員が決まるのは何も知らない1年生だけだ。


「っていうかあの最強生徒会も文化祭で最後になるんだな。秋には選挙があって後輩らに受け継ぐわけだろ?大変だぞ~、八神の跡を継ぐ会長は。全てにおいてハードルが上がる」

「確かにねぇ。大晴君は何でも出来るから。それに一時期こんな噂もあったよね?」

「噂?」


 俺が聞くと、綾奈はちょいちょいと手で呼ぶような仕草をする。秀翔も知らないようで一緒に耳を寄せた。


「実はね、副会長に優里ちゃんを指名したのは大晴君が優里ちゃんに好意を寄せているからだって。大晴君は完璧超人だったし、優里ちゃんもお嬢様な上に成績優秀、運動神経も抜群。そして何よりも美人だって事で付き合い始めるのも時間の問題だったって。まぁ結局何もなくここまで来たわけだし、ノブ君っていうダークホースも出て来たわけだけど」


 誰がダークホースだ。っていうか八神にそんな噂があったなんて知らなかったな。

 あと補足をしておく。

 この学校の生徒会の成り立ちについてだ。夏休み明けに生徒会長選挙が行われる。前生徒会メンバー以外からも立候補は受け付けているが、圧倒的に前期役員のほうが有利となる。

 そして生徒会選挙で会長が決まると、続けて初期生徒会役員信任選挙というのが行われ、生徒会役員に所属するに値するかどうかを問う信任不信任決議が行われる。そして信任されたメンバーの中から生徒会長が役職を振り分ける形となるわけだ。以降は選挙無しに生徒会の補充役員として加入が認められるのだが、加入を認めるかどうかの判断は全て生徒会長に委ねられており、毎年面接などでどうするかというのが決められているらしい。

 もう1個補足すると、昨年は八神と優里さんの人気ぶりによって男女ともに加入希望者が続出したが、あまりにも多すぎるという理由で書類選考を導入したところほとんどが事前に落とされたそうだ。

 数少ない加入者では、前俺に告白(?)をしてきた安宅ハルカなどがいる。八神はその才能を見抜いて、空席だった会計に任命したそうだ。このあたりの話は優里さんに聞いた。


「でその話、八神に確認とったわけ?あいつが恋愛に興味あるとかかなり意外なんだけど」

「私も思ったけどさぁ、でも当時はお似合いだなぁって思ったわけよ」

「俺もそう思うわ。完璧な人同士でお似合いだなって」


 俺がそう言うと、ニヤーっと笑った秀翔が俺の首に腕を絡めて顔を寄せてくる。


「なんて言ってるけど、今1番一色さんを意識させてるのはお前なんだからなぁ!」


 空いた手で俺の頭をぐりぐりしてくる。机に座られているせいで、イマイチ俺が有利に立ち回ることが出来ない。

 そんなことをしているとき、教室の扉が開いた。


「よーっし、今日も元気に1日頑張ろーな!」


 小野先生だ。ようやく腕から解放される。

 そして気がつくと、優里さんも自分の席に座っていた。・・・さっきの話聞かれてないだろうな?

 秀翔に視線を飛ばすと首を振っている。なんで俺が言いたいことがわかるのかはさておき、どうやら大丈夫なようだ。


「じゃぁこれから毎年恒例、文化祭の実行委員を決めるからなぁ。話はそれからだ」


 と言うわけで、五月丘高校にも文化祭の季節がやってくる。

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