第11話 どうやらここは修羅場らしい

「おいーっす!」

「よーっす」


 教室に入ったとき、俺より先に来ていた新たなクラスメイト達は外の騒ぎを知らないようだった。

 このクラスで面識があるのは秀翔と綾奈、そして優里さんと数人の男子。

 俺は部活をめんどくさいと入学早々思った質で、なにも迷うことなく帰宅部を選択したのだが体育でそこそこだった運動神経が露見してしまった。

 結果的に人数の足りていない部活動から助っ人を頼まれるようになり、そういうアレで顔見知り程度の友人が何人かいた。このクラスにもいる。


 さて、がっしり肩を掴まれているこの状況をどうしようか。

 秀翔の顔を見るとニヤニヤしているし、これからどう調理しようかと考えている最中だと推測できる。

 ・・・さてどうするか。


「なぁ、ノブ。お前アレどういうこと?」

「さぁなんのことか分からないな。ってかそろそろ腕離してくんない?」

「しらばっくれんなよ~」


 俺達がじゃれて(?)いる姿をクラスメイト達が注目し始める。よくない状況だと感じながらどう収拾をつけようかと考えていたまさにその時、


「ノーブ君!なんで一色さんと一緒に登校してきてんの!?!?」


 教室の空気がピシッと音を立てた気がした。

 さすがの展開に秀翔ですら驚いて固まっている。

 だいたい綾奈だって一色さんの人気っぷりを知っていながら、絶対教室でしていい会話じゃないって分かっただろ?


「あ、ドンマイ」

「他人事かよ」

「まぁ実際他人事だろな」


 俺達の会話をよそに、俺の退路はジワジワ潰されていく。男子に囲まれても嬉しくない。

 その迫力に押されて、原因の綾奈はそうそうに自分の机に向かいやがった。

 一人の男子が口を開く。


「若竹の冗談だよな?」

「あぁ当たり前だろ?俺が一色さんと一緒だなんてなんの冗談だよ」

「本当だよな?実は春休み中に一色さんと男が一緒に電車に乗っているのを見たって奴がいるんだけど」


 心配していたことはやはり起きていた。そもそも高校近辺で一色さんを見かければ、この高校の生徒はすぐに気がつくだろう。


「それが俺だと?残念だが俺はずっと家に引きこもっていた」

「僕、並木公園で一色さん見たんだけど、その隣に鷹司君らしき人が立っているのを見ましたけど」


 めっちゃ見られてんじゃねーか!


「だから、人違いだって」


 どれだけ時間が経っただろうか。どんどん出てくる目撃情報。

 どれも優里さんがフォーカスされているおかげで、一緒にいたのが俺だという証拠は出てこない。

 全否定したことで、とりあえず嫉妬の嵐が収まりだした。

 そんなとき綾奈以上の爆弾がやって来てしまった。


「皆さん、おはようございます」

「あ、おはようございます。一色さん!」


 我先にと挨拶を返す男子ども。さっきまでのドスの利いた声が一体どこに行ったのかと思うほど爽やかな笑顔で優里さんにお辞儀する。

 やや声が裏返っている奴がいるのは緊張のあらわれだろう。


「ねぇ、一色さん?」

「なんですか?えっと・・・」


 クラスの女子の1人が優里さんに話しかける。ちょっと待って、そこの女子?今この惨状見てた上でとんでもないこと聞こうとしてない?

 やめてくれよ。俺をここで○す気なんだろ?なぁ!?


「あ、私のことは良いの。それよりさっき男子達が話していたんだけど、一色さんって鷹司君と付き合っているの?」

「いいえ、付き合っていませんよ?どうしてそんな話に?」


 安堵の息が各地から漏れる。

 俺の首筋に息当たってんだよ!きもちわりぃな。


「あ~私が余計なこと言っちゃったからかなぁ」

「まぁ!若竹さんが何か言われたのね?一体私と信春君のことをなんて言ったのでしょう」


 また空気が固まった。誰かは分からんが、俺の首に腕を回している野郎、だんだん締まってるんだけど。


「えーっと、なんで一緒に登校してきたのかなぁ?って。じゃぁあんなことに・・・」


 綾奈は俺達の方を指さしながら申し訳なさそうに、優里さんに謝罪する。俺にしろよ。


「あぁ、そういうことでしたか。実はですね・・・」


 もったいぶったように話し始める優里さんに、全員が息を呑んで次の言葉を待つ。

 残念ながらタイムリミットだ。俺はこの場から、


「逃げる!」


 俺を取り押さえている腕が、優里さんに気を取られていたためか緩んでいるのを見逃さず、自分でもどうなったのかは分からないが器用に身体をひねって拘束から抜け出す。


「あっ!逃げたぞ!捕まえろ!!」

「待てこらぁ!!」


 答えを聞く前に男子どもは俺を追いかけて廊下へと出た。これで最低限の被害で抑えられるはずだ。

 男子はともかく、女子の優里さんに対する感情は男子のものとはやはり少し違う。優里さんの嫌がることはしないだろう。それは俺に対しても同様だと信じている。

 廊下を走っているのを生徒指導の先生に見つかるまで、生死を賭けた鬼ごっこは続いたのだった。


 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

「行っちゃったね」


 ノブが抜け出して廊下へと逃走し、それを捕まえるべく廊下へ飛び出していった男子の背中を見ながら私はそう呟いた。

 その迫力に圧されたのかな?一色さんも困惑しているみたい。


「で、さっき何を言いかけたの?」

「あ、実は私信春君と一緒に住んでいるんです」

「え・・・?えぇぇぇぇっっっっっっ!?」


 乙女らしからぬ声が出た。周りの子達もびっくりして固まっている。

 でもそんな静寂の中だから押し殺した笑い声が鮮明に聞こえた。


「って秀ちゃん、いたの?」

「まぁ別にいつでもノブから話は聞けるしな。それよりこっちに残ってて正解だった」


 可笑しそうに笑っている秀ちゃんのこの顔は、だいたい悪いことを考えているときの顔。

 これは今度こそ、


「ごめんねノブ君」


 だと思った。

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