第10話 彼女のファンは増える(予定)らしい

 今日は始業式なのだが、いつも通り目を覚まし、制服に着替え、朝ご飯を作っている俺はとんでもない事実に気がついてしまった。


「登校、どうしよう・・・」


 昨日すっかり忘れていた。桜を見ている優里さんに見とれていたせいで肝心なことを全て頭から飛ばしてしまっていた。

 この同居生活が始まると知った最初に思ったこと。五月丘高校において圧倒的人気をほこる一色優里が男子と登校などとんでもないスキャンダルであり、瞬く間に全校生徒に広がることだろう。

 そしてきっと男子は消されるはずだ。

 お湯を沸かしながら身体はブルッと震えた。


「風邪ですか?」

「あ、おはようございます。大丈夫ですよ、少し嫌なことを思い出しただけなので」


 流石に下着姿では部屋から出てこなくなった優里さん。これは大きな成長だと思う。

 あと首をかしげるその姿がなんかもう尊い。


「そうでしたか?ところで今日から新学期ですが、やはり電車で行くのですか?」

「まぁそうですね。優里さんは電車通学いやですかね?嫌なら別の方法考えますけど」

「いえ!むしろ新鮮で楽しいです。それに他にいい通学手段があるとは思えませんし」


 先日俺が自転車で丘の麓にあるスーパーに買い物に行ったことだあるのだが、汗だくで帰ってきた俺を見た優里さんは凄く驚いていた。理由を知ってすごく褒めてくれたのだが、照れてしまって早々に風呂に逃げ込んだ。

 勿体ないことをしたと、猛烈に風呂場で後悔したわけなのだが・・・。


「わかりました。ただし、覚悟していてくださいね?今日は昨日とは比べものにならないくらい人が多いですよ」

「本当ですか?それは凄く楽しみです」


 擬音で言うならルンルンだろうか?っていうよりもこれで俺の死は大方確定した。あの通勤・通学ラッシュでごった返す電車に優里さん1人など乗せられるわけがない。

 本人はまだその恐ろしさに気がついていないし・・・。自然とため息が漏れたが、同時に覚悟を決める。

 もう今更あとには引けない。心優しい彼女のファンたちだ。

 きっと関係者である俺にも心優しい対応をしてくれるだろう。


 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 まぁ結果的にそんなことは無かった。

 電車を降りた時点で凄まじい殺気に襲われている。


「すごい人でした・・・。毎日電車で通学している方たちを尊敬しちゃますね」

「まぁ、確かにそうですね」


 優里さんのこの一言で、電車通学の奴らはダウンした。

 ナイスダウン!!

 にしてもこれだけ殺気をビンビンに出しているにもかかわらず、彼女はなにも思わないのだろうか。あ、そうか。ファンの奴らが優里さんを不安にさせるわけないわな。

 くっそ、俺だけこんな思いしてんのかよ・・・。

 校門につくと、門番をしている小野先生が優里さんを手招きする。


「おはよう。お、珍しいな鷹司が相馬と一緒じゃないなんて。というか、一色が車でないなんてな」

「はい、春休み中に色々ありまして」


 さらっと爆弾を投下するこの教師を黙って睨みながら、チラチラ視線を動かし身の回りの安全を確保する。ホント、マジで刺されかねんからな。


「でな、副会長として入学式で新1年生の案内役をやって貰いたいんだがどうだ?」

「はい、私で良ければ喜んで!」


 これで新入生もファンクラブ入り確定だろう。そして先輩たちの目を気にしながら学校生活を送るのだ。

 ちなみに五月丘高校の今期の生徒会長は八神大晴ヤガミタイセイという眼鏡を掛けたいわゆる知的イケメンだ。定期テストではいつも1位を取っていて、かつて所属していたサッカー部では秀翔とともにツートップとして点を荒稼ぎしていたらしい。八神狙いで生徒会に入った後輩も多数いるという。

 そして、今の話からわかるように優里さんも生徒会だ。副会長として八神を支えており、2人が並んで立っている姿を見て、多くの男子が血の涙を流したという噂まである。


「すいません、信春君。私これから生徒会室に行かなければいけなくなったので、また教室でお会いしましょうね」

「え?あぁ分かりました。一色さんまたね」


 火に油を注ぐ必要はない。じゃっかん優里さんが油をぶっかけていったが、俺は名字呼びすることで距離感を演出する。

 やや優里さんが膨れていたようだが、そんな顔も可愛かった。・・・じゃなくて、この場に留まるのは得策ではない。

 ややこしい状況を作ってくれた小野先生に無言で会釈して俺は教室に向かった。

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