第9話 彼女にとって何もかもが新鮮らしい

 ★同棲2日目~6日目★


 ここからはダイジェストで見ていこう。

 まず洗濯の仕方を教えた。

 最初は迷った。俺の衣服と優里さんの衣服、とくに下着などに関しては別に洗うべきなのではないかと。

 しかし優里さんに聞くと、そんなに気を回さなくても良いとのことだったから、最低限の分け具合にして基本は2回に分けて洗濯するように決めた。

 ようは色移りを気にしたものだ。あとは優里さんの服によっては手洗い必須のものもあるからそれも伝えておいた。この日のために1日目に洗濯ネットを買っておいたのだ。

 そして洗濯機が回り終わったので、中身を取り出してベランダの物干し竿に干すよう指示を出して、俺は初日買った荷物の整理をしていた。

 のだが突如、


「ふわぁぁぁ~~・・・」

「え!?」


 声にならない悲鳴がベランダから聞こえてきた。何かあったのかと慌ててベランダに向かうと、俺の下着を握って座り込んでいる優里さんがいる。

 なにそのシチュ?と怒り狂う男子もいるかもしれないが、いざその場面に出くわすと意外にも冷静になれた。


「どうしたんですか」

「あ、その、男の人の下着って初めて間近で見たので驚いてしまいました・・・」

「とりあえず、その手を離してもらえます?非常にまずい絵面になっていますよ?」

「あ!?ごめんなさい」


 慌てて手を離したので俺の下着はゆっくりと洗濯カゴへと戻っていった。

 にしてもこのリアクションは困る。慣れればしなくなるだろうけど、慣れて良いのか?


「なるべく慣れるように頑張りますから!」


 意気込む彼女を見ると、どうでも良いように感じた。また悲鳴を上げれば駆けつければ良いか。そう思ってしまう自分がちょっと怖い。


「ちなみになんですけど、俺が優里さんの下着を干すのと優里さんが俺の下着を干すの、どっちの方がマシですか?」

「私、誰が干そうと気にしませんよ。実家でも誰が私の服を干しているのか知りませんし」


 などと言われる優里さん。世の男子ども聞いたか!?俺はしっかり聞いたぞ。


「仕方ないですね。洗濯は俺が」

「いいえ!そんなことをすれば信春君の負担が増えるばかりではないですか」

「・・・それではお願いしますね?」

「はい!」


 一瞬でも己の欲を暴走させた俺をぶん殴りたい。そして健気に頑張ると言ってくれた優里さんを褒めてあげたい。・・・誰目線なんだろうか、俺は。

 結局1週間も経てば洗濯はこなせるようになったのだが、1番衝撃だったのが、洗濯機に洗剤まるまるぶち込もうとしていたことだ。

 慌てて辞めさせた。確かに俺はなにも洗剤に関しては言っていなかった。しかしそんな漫画展開を現実で起こそうとするとは思っていなかったんだ。


 続いては電車の話。前回の買い物では大金を持っていたため迂闊に電車に乗れなかった。よってタクシーを使った。

 しかし今回はただの外出。社会勉強の一環として電車で中心部へと向かうことに。


「切符というのはどこで買うのでしょうか?」

「あの券売機で買います。上に路線図と値段が書かれているので、それを確認してから券売機を操作するといいですよ」


 ちなみにここの駅の名前は雲雀ヒバリ駅というのだが、今回は電車に慣れるという意味でも遠くの方まで行くことになっている。学校に近いのは五月丘サツキオカ駅なのだが、駅でいうなら3つ分とそこまで遠くないし、下手したら関係者に見られる可能性がある。


「えーっとじゃぁ並木公園前ナミキコウエンマエまで行ってみましょうか」

「並木公園ですか?どこでしょうそれは?」

「あれ、行ったこと無いんですか?かなり良い場所ですよ、あそこは」

「それは是非とも行ってみたいですね。えーっと並木公園前、並木公園前・・・」


 優里さんは指で路線図を追いかけながら目的地を探している。


「あ、ありました!えーっとお値段は」


 そう言いながら慣れない手つきで券売機を操作し始める。

 俺はすでにICカードを持っているのだが、今日は優里さんに合わせて券を買う。どうせこの後の展開は読めている。

 舐めるなよ、ここ数日で優里さんがやらかすことはだいたい予想できるようになったんだからな。


「では行きましょう」


 券を片手に改札に向かうのだが、案の定ゲートに行く手を遮られている。駅員さんが飛び出てこようとしてくるが、俺が優里さんの代わりに謝ってそのまま彼女のもとに向かった。


「何故ゲートが開かないのでしょう?」

「半泣きにならないでください。ここに券を入れる穴があるので、今手に持っている券をここに入れてください。そしたらゲートが開くので通り抜けて、反対側から出てくる券を受け取ってください」


 俺は説明しながら実際に改札の通り方を実演する。ジッと俺の行動1つ1つを見逃さないように凝視していた優里さんは同じように改札を突破した。


「出来ましたよ!信春君!」

「良かったですね、優里さん。今度からは今みたいにしてくださいね。ちなみに駅から出るときは券が出てこないので注意ですよ?」

「わかりました!」


 駅員さんが笑いながら見送ってくれたのは、どういう表情だったのだろうか。オレニハマッタクケントウツカナイ。

 それはさておき、そのうち優里さんにもICカードを作ろう。毎回これでは疲れること間違い無しだ。

 そんなこんなでたどり着いた並木公園前駅。

 駅から出ると目の前に並木公園があるのだが、公園を囲むように桜の木が植えてある。この時期は雨が降らない限り、綺麗な桜の景色を見ることが出来る有名なデートスポット。下心はない。

 ここに優里さんを連れてきたかった。横を見れば感動しているのだろうか。ただ無言でその景色を眺めている優里さんがいた。


「綺麗ですね」

「そうですね、本当に綺麗です」


 俺は桜に向けて言ったのではないが、どうやら優里さんは気がついていないようだ。ただ今はそれで良い。

 結局優里さんが満足するまでその場で立ち花見をしたのだが、いつまでも眺めている優里さんに付き合った結果足がパンパンになってしまった。

 色々あったが明日は始業式。

 このときの俺は1番考えないといけないことを完全に忘れていた。

 タイムマシンがあれば今すぐに使って、このときの俺に忠告しに行くだろう。

「即刻言い訳を考えろっ」と。

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