第8話 彼女は恥じらわないらしい
明日はようやく始業式なわけだが、ここ数日優里さんと生活して分かったことがある。
今まで遠目に見えていた彼女は全てが完璧にこなしているように見えた。
しかし慣れない世間一般の生活をこなそうとしている彼女はなかなかにポンコツだった。
ここでこの1週間の出来事を振り返ってみよう。
★同棲1日目★
「おはようございます、信春君」
「あぁ優里さん、おはっ!?」
朝ご飯を作りながら、部屋から出て来た優里さんの姿を見て危うくフライパンを落としかけた。
「なんで服着てないんですか!?」
「あ、ごめんなさい。いつもの癖で」
驚くことに彼女はまったく恥ずかしがっていないのだ。ここまで動揺している俺が馬鹿みたいじゃないか。だからといって堂々とその下着姿を目に焼き付けるような真似はしない。
いったんIHの電源を切ってそして彼女のもとに向かう。
肩を掴んで回り右をさせて部屋に押し戻した。
「とりあえず部屋から出るときは服を着ること!新しいルールです!」
「わかりましたぁ」
扉を閉めるのと同時に聞こえた声は、ちゃんと新たなルールを受け入れる返事だった。これでこんな異常な心臓の高鳴りを感じることはなくなるだろう。
そしてすぐにキッチンに戻って朝ご飯の続きを作り始める。
とはいっても、やはり朝は簡単なもので済ませたい。今日は彼女の生活必需品を買いに行く予定なのだ。余計なことに時間を使いたくはない。
しばらくすると服をちゃんと来た優里さんがキッチンにやって来た。そして俺の後ろからフライパンをのぞき込むように身体を寄せてくる。
「今日は目玉焼きとトーストですね。私このメニュー大好きです。朝はやはりこれが定番ですね」
楽しそうに話してくれるのはいい。ただし、俺の頬をくすぐる髪からとても良い匂いがする。
俺よりやや背の低い優里さんが背後からのぞき込もうとすれば、必然的に背中に柔らかいものがあたる。
全くもって朝から刺激的だと思う。
「・・・そうですね、それよりそろそろ離れてくれないと危ないですよ」
色々とまずいことが起こる前に優里さんを引き離しにかかる。優里さんの背後にある食器棚にしまってある食器を取るべく身体を反転させた。こうすれば避けてくれるだろうと。
しかし俺の思惑は必ずしも上手くいくものでは無い。
すでに用意していたのか、
「はい、これとこれですね」
「あ、ありがとうございます」
振り向いた目の前に皿を持っている彼女がいた。だから距離が近いんだよなぁ。
皿を受け取って、意識しまくっている顔を見られないように急いで反転した。
朝ご飯はとても簡単なものになったが、優里さんはとても美味しそうに食べてくれた。その顔が素敵すぎて語彙力をなくしてしまうほどに・・・なんていうか嬉しかった。
食器を片した俺達は早速生活必需品をそろえに買い物に出たわけだが、ここでお互いの生活水準の違いに差が出た出来事があった。
俺は近所の百貨店に、優里さんは高級ブランド店が建ち並ぶセレブ街へ行こうとしたのだ。
感覚の違いとは怖いと思った。身の回りのものに関しては、やはり質を落とすとストレスを感じるかもしれないということで優里さんの指示に従ったが、2人暮らしになったことで必要になった共有物に関しては、お手頃な値段の百貨店で揃えることになった。
正直、優里さんの通っているお店は居心地が悪かったのだが、店員さんの温かいまなざしがとにかく辛い。
慣れていない感があふれ出ていたのだと思う。その点流石お嬢様だ。
次々と必要なものを揃えていき、あっという間に必要なものを全て買った。
「お待たせして申し訳ありません。荷物半分持ちますね」
「え、あぁお願いします」
彼女の手がわずかに俺の手に触れたが、彼女は気にしたようなそぶりを見せなかった。こういうところを見るとやはり少し落ち込む。今朝の一件にしてもそうだが、俺は男としてみられていないのでは無いだろうか。だから同居を認めたのではなかろうか。
「どこかでお昼にしましょうか」
「そうですね、どこで食べますか?」
「ん~・・・」
またフレンチとかイタリアンとか言うのだろうか。最初こそこれはデートなのではとか思っていたが、時間がたつにつれてしんどさがとんでもなく蓄積されていく。慣れてないとはこれほどまでに負担なのか。優里さんはこれからこんなストレスを感じながら生活をするのだろうか?
ため息がこぼれそうになるのを我慢して、彼女の返事を待った。
「私ファミレスに行ってみたいです!」
「はい、フレンチですね。すぐに調べますよ~」
俺はスマホを取りだして、近場でフレンチの店を探し始める。
「信春君、私はフレンチではなくファミレスでご飯が食べてみたいのです」
「え?ファミレスで良いの?フレンチとかイタリアンじゃなくて?」
「もちろんその2つも大変魅力的ですが、前から1度ファミレスでご飯を食べてみたいと思っていました!」
思った以上に安く済みそうな昼ご飯の提案に、俺は内心安堵の息を漏らす。
今いる場所から見えている○ストに入って早速注文したのだが、ドリンクバーの前でアタフタしている優里さんをテーブルから見ている時間が今日1番の至福だったかもしれない。
ふくれっ面で戻ってきた優里さんをもう一度ドリンクバーの場所に連れて行き、使い方を教えてあげる。感激した様子で嬉しそうにドリンクをついでいる優里さんがとても可愛かった。
はしゃぐ彼女は周りの注目を浴びていたのだが、それは学校で男子どもが優里さんにむけている類いの視線と同じだと思う。
なんか勝手に優越感が沸いてきた。彼女にそのつもりがあるのかは知らないが、その視線を集めている彼女は今俺と買い物(デート)をしているのだ、と。
ただし同じ学校の生徒に見られるのだけは遠慮したが・・・。
そしてその後も買い物に付き合わされて、俺は女性との買い物がトラウマになるかと思うほどに振り回される。
「今日は付き合ってくださってありがとうございました」
ただし笑顔でこんなことを言う彼女を見ると、疲れなんて全て吹き飛ぶのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます