第6話 実は凄い人だったらしい

「では改めまして一色優里と申します」

「・・・鷹司タカツカサ信春です」


 世の中何が起きるか分からないとはよく言ったものである。たぶん今日本で1番この言葉に共感している高校生は間違いなく俺だ。

 わかるか、お前らに。目の前に憧れの人がいるこの状況を!

 不思議そうに首を傾けているそのどう表現したら良いのかわからない・・・駄目だ。俺が今何を言いたいのかもわからない。


「えっと、どこからお話ししましょうか?」

「全部でお願いします。もうさっきの玄関の話しから一つも理解も把握も出来ていません」


 ちなみに俺の視線は一色さんの額を見ている。面接練習とかでよくいわれたアレだ。そこを凝視し顔を意識しないことでようやく緊張しないで会話をすることが出来た。

 ただまぁ声を聞いて結局ドキドキしているんだよ。笑ってくれ・・・。


「では最初からお話しいたしますね。事の発端は私のお母様が晴彦さんにあることを相談したことに始まります」

「ん?ちょっと待って」

「はい、何でしょうか?」


 いきなり話を止められた一色さんはまた不思議そうに俺の顔をのぞき込む。多少ドキッとしたが、今はそれより気になることがあった。


「一色さんのお母さんって」

「はい。一色フーズの副社長をしておりますが?」

「ですよね?なんで俺の父さんに相談を?」

「だって晴彦さんはお母様を長年支えてくださっている、いわばお母様の右腕といいましょうか。そして昔から家ぐるみのお付き合いもあるそうです。私と信春君はありませんけどね」


 たしかにウチは昔名家といわれていた鷹司家の傍流にあたる家系なわけだが、あまりにも遠すぎて今では名ばかりみたいになっている。そんな家だ。

 一色家もまた昔からある由緒正しき家らしいが、親同士が知り合いだったなんて今初めて知ったんだけど?


「続きをどうぞ」

「はい、分かりました」


 ニコッと笑った彼女はまた話の続きをしゃべり始める。


「お母様は私が世間知らずのまま大人になることをよしとせず、普通の県立高校を受験することを勧めました。たしかに五月丘高校での生活は私にとって新鮮だったわけですが、それでも限界はあります。実家にいたままではきっと甘やかされて育ってしまうでしょう。であるならば家を出れば良いと」

「なるほど」

「そういう話を晴彦さんにしたところ、女の子の1人暮らしは危険だから息子の元に送り込めば安心だと言われまして、こうなった次第です」


 今の俺の感情を教えてやろうか?

 困惑で倒れそうだ。嬉しいような、嬉しくないような。いや、もちろん嬉しくないってのは迷惑とかそういうことじゃなくて、入学当時から憧れていた人が一緒の家で過ごすなんて、俺の理性は果たして持つのだろうか。

 一色さんのお母さんが父さんの言葉を信じて、俺の元に送り込んできてくれたのにその期待を裏切りそうで不安だ。

 もちろん一色さんにその気は無いだろう。俺より格好いい男なんてきっと山ほど見てきているはずだ。

 むしろ不満ではないのだろうか?

 あぁ駄目だ、なんか泣きたくなってきた。


「えっとこれだけ聞かせてください」

「何でしょうか?」

「俺と一緒に住むことに納得されているのでしょうか?もしそうでないのならここで引きかえされた方が一色さんのためになると思います」


 やや吐きそうになりながら、恐る恐るこの質問をした。拒絶されたらそれまでだ。それでも我慢されながら生活されるよりは絶対いい。

 しかし一色さんの反応は俺の思っていたモノでは無かった。

 一色さんの後ろに控えている初老の男性に一瞬顔を向けて2人で笑みを交わされた。


「むしろ私は信春君だからこの話を受けたのですよ?他の男性なら間違いなくお断りしていましたし、女性でも・・・そうですね。基本的にはお断りだったかもしれませんね」


 クスッと笑う一色さんは天使かと思った。


「お嬢様、そろそろお時間ですので私めはこれで失礼いたします」

「はい、暮葉クレハもご苦労様でした」

「信春様、お嬢様をよろしくお願いいたします。くれぐれもお嬢様の執事のように振る舞われませんようお願いいたします」


 暮葉と呼ばれた執事は、それだけ俺にいって部屋から出て行った。つまり一般を一色さんに学ばせろということなのだろう。

 俺が一色さんを特別扱いすれば本末転倒だと。


「まぁこうなっては仕方がないですね。一色さん、とりあえず部屋はたくさんあるのでどこでも使ってください」

「はい、では改めてよろしくお願いします。信春君」

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