第5話 憧れの人と同棲するらしい

 汗だくになりながら家へと戻った。ちなみにすでに秀翔と綾奈は家を引っ越したことも、その引っ越し先がこんなアホみたいな場所であることも知っている。

 実際春休みの間に何度か遊びに来たのだが、毎回毎回あの坂を登ることに嫌気がさしたらしく、数回来た後遊びに来ることを辞めたらしい。

 無駄に広い風呂の浴槽にお湯は張らず、シャワーだけでさっぱりした。

 一応言っておくけど夜寝る前にもちゃんと風呂には入っている。その時はちゃんと湯を張っているししっかり浸かって満喫している。


「だぁ~疲れたぁ~。電車使おうかなぁ・・・」


 実際最寄りの駅はわりと近くに一駅ある。ただし景観を壊さないようにという配慮のもと、この土地のわりと端の方ではあるが、現状の苦労を考えればそこまで遠いものでも無い。

 ただ毎日通学に電車を使うとなると、通学費が馬鹿にならないだろう。


「やっぱ自転車だよな・・・。はぁこれだけは前のマンションの方が良かったわ」


 そのときフロントから電話がかかってきた。


「ハイ?鷹司ですけど」

『お休みのところ失礼いたします。鷹司様にお客様がいらっしゃっております。如何いたしますか』


 部屋にはカメラも設置されていて、フロントから電話がかかってくるとエントランスの様子が映し出されるようになっている。

 にしても誰かがはっきり分からない。大きな白い帽子を被っている女性と思わしき人と燕尾服というのだろうか、そんな感じの服を着ている初老の男性。その両手には大量の荷物を持っていた。

 誰か分からない人をあげるのは流石に怖い。ただそんな大荷物の人を待たせるのも悪い気がしてしまい、


「大丈夫です。案内してください」

『かしこまりました』


 電話が切れてエントランスの様子も見れなくなった。そしてしばらくして“ピンポーン”というインターホンの音が鳴る。

 今度は部屋の玄関前のカメラが映し出される。また誰か分からない女性が映っている。じっくり見ても良いのだが、やはりあの荷物の量だ。


「今開けますね?」

『はい、よろしくお願いします』


 どこかで聞いたことのある声だと思った。最初こそ怪しさマックスだったのだが、鍵を開けながらその声の主を思い出す。

 なんで・・・。


「なんで一色さんが・・・」

「こんにちは、鷹司信春君。そしてこれからよろしくお願いしますね?」


 彼女はそう言った。・・・俺の聞き間違いだろうか?これからよろしくお願いします?なんで?え?どういうこと?

 っていうか何で俺の部屋知ってんの?

 そこで今朝考えたことを思い出した。父さんは誰かに車を貰ったといった。そしてこれまでの父さんからは考えられないようなマンションへの引っ越しを俺に提案した。そんなことができるのはきっととても大金持ちな知り合いがいるのはないかと。

 俺が知っている身近なお金持ちとは目の前にいる一色さんなわけだが、父さんが一色家と繋がりがあるなんて今まで聞いたことがない。


「どうされました?」


 帽子から出ている真っ黒で綺麗な長い髪が、首をかしげる彼女に合わせてふわっと揺れた。


「・・・なんでもないです。とりあえず上がってください。申し訳ないのですがまったく状況が飲み込めません」

「どうしてそんなに他人行儀なんですか?これから私達一緒に住むというのに」


 フフフと彼女が控えめに笑うととても絵になる。2年前の今頃もそんなことを思った。ただし状況が180度違う。


「え・・・」

「えっと?何も聞いていませんか?晴彦さんはすでに伝えていると仰っていたのですが」


 あんのクソ親父ぃ!!なんも俺聞いてないんですけどォ!!っていうか何だよ一緒に住むって無理だよ!?何がどうなれば一緒に住むなんて間違いがおきんだよ!!


「聞いてないですね。とりあえず上がってくれませんか?なんかもう色々と限界で立ってられないです」


 正直な気持ちと今の状況を話すと彼女はまた可笑しそうに笑った。


「はい、では納得いくまでお話ししましょうか。同棲とはいえお互いまだ何も知りませんし、まずは私のことをよく知ってもらうところから始めましょう」


 彼女はそう言うと俺の部屋へと入ってきた。

 俺はもう何も言うまい。きっと夢だと思おう。

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