[短編小説] 山吹とカエル
木野キヤ
~ある森にて~
ある山には川が流れていた。その川はいわゆる清流と呼ばれ、一切濁りのない水を下流の方へ緩やかに流している。
川辺に一本の山吹が咲いていた。穏やかな陽光を浴び、鮮やかな黄色はより華やかさを放っている。
そして対岸の河原には一匹のカエルがいた。大きさは手のひらに収まるほどで、全体的に茶色の体はあまり好印象を与えない。
カエルが一度ゲコッと鳴くとそれに合わせて山吹は葉を擦らせている。まるで意思が通じ合っているかのようにカエルが鳴くと山吹が呼応する。それはまるで仲のいい男女が最近の近況を話すかのように、何気ない会話をして楽しんでいるようだった。
山の木々が濃い緑に染まった頃、カエルは山吹に話しかけた。
―今日も暑いね―
すると山吹はそれに答えた。
―そうね。けど明日はもっと暑くなるって―
カエルは驚いた様子で、一回その場で軽く跳んだ。
―ええぇ!!今日より暑くなるの!?体がすぐ乾いちゃうよ―
山吹はカエルをなだめるようにゆったりとした言い方で言った。
―大丈夫だよ、すぐに水の中に入れば問題ないよ―
するとカエルは落ち着いたようで、大きく息を吐いた。
―そうだね、すぐ水の中に入れば大丈夫だね!―
カエルの様子を見た山吹はふうっと一息ついた。そして、何気ない質問をカエルに投げかけた。
―ねぇ、またここに来てくれる?―
その言葉を聞いたカエルは頭上に疑問符を浮かべるような仕草をし、山吹に聞き返した。
―もちろん、けどなんで?―
すると山吹は照れた様子で小声で話した。
―夏って台風が多いから、いつ会えなくなるかわからないから―
山吹は恥ずかしそうにそう言うと、カエルは自信の籠もった声で山吹に言った。
―大丈夫!台風が来ても、次の日にはここに来るから安心して!―
そう言うと山吹はほっと一息ついた。
夏の暑さがまだ残りながらも秋の訪れを感じるようになってきた頃、事は訪れた。台風がやって来たのだ。
山の木々は強風で煽られ、大きく揺れている。強風に乗って降ってくる雨は地面に強く打ち付ける。強風の轟音と雨の打ち付ける音が、地面に根を張っている山吹を不安にさせた。
この状況ではカエルはやってこれない。けれど、カエルは言った。明日やってくると。それまでは強風に耐えて、雨にも負けず、ここで踏ん張ろう。
山吹はそう決心し、台風をやり過ごした。
台風が通り過ぎた翌日は、秋らしいそよ風と夏より弱い陽光が差し、とてもいい天気になった。
しかし、山吹はその天気に反し、心の中は曇っていた。今はちょうど太陽が真上の位置にあるが、まだカエルはやってこない。
もしかしたら、昨日の台風で遠くの森へ飛ばされたのだろうか。そうしたら、きっともう会えなくなる。山吹は心配した。
しかし、山吹の懸念を裏切るように、遠くからカエルの鳴き声が聞こえた。山吹はその声が幻聴でないことを信じ、耳を澄ませた。するとやはり遠くからカエルの鳴き声が聞こえる。
そしてカエルと山吹は再開した。その後、カエルと山吹は会えたことを互いに喜んだ。
冬の寒さが感じられるようになり始めた頃、カエルは山吹に真剣そうな口調で話しかけた。
―僕ね、そろそろ冬眠なんだ―
山吹はその言葉を聞いて悲しみを含んだ声で聞いた。
―また離れ離れになるの?ー
するとカエルは山吹を安心させるように優しく声を掛けた。
ー大丈夫、冬を越せばまた会えるよー
しかし、山吹はまだ心配げだった。カエルは更に山吹に言った。
ー僕はまたここに来る。約束だよー
それを聞いた山吹はコクリと頷くように自分の枝を揺らした。
そして冬の寒さが本格的になったころ、カエルは山吹の前に現れなくなった。カエルと合わなくなってから一日や三日ほど経っても、山吹は平然としていられた。むしろ、カエルと次に会ったら何を話そうか楽しみにしていた。
一か月後、山吹の心の中には大きな不安の渦がぐるぐると渦巻いていた。もし、冬を越してもカエルと会えなかったら、一人ぼっちになってしまうと山吹は心配した。
さらに一か月後、山吹の心の中には不安は消えていた。しかし、心にあった不安より大きい寂しさが心に満たされていた。山吹にとって二か月とは悠久に等しい時間の流れであり、一人でいることに耐え切れなくなってきた。近くにあるほかの木々や動物たちに話しかけても、反応を示さない。
それもそのはず、山吹の声が唯一聞こえたのがカエルだったのだ。
ある日、山吹がふと独り言を呟くと、遠くの上流から誰かの声が聞こえた。その声に反応するようにもう一度声を出すと、同じ声の主が返事をくれた。それからずっとカエルと山吹は天気の話や季節の話、何気ない話をして普段を過ごしてきた。
しかし、今の山吹にとって唯一の話し相手が冬眠の真っ最中で話しかけても無駄だ。山吹はただカエルが冬眠を終えるのを待つだけだった。
カエルが冬眠を始めてから三か月が過ぎたころ、今までの山吹とは違う心境が存在した。それは“希望”だった。ただカエルがやってくるのを待つ、という一つだけの希望を胸に、残りの一か月を過ごそうと心に決めた。
そして、冬が過ぎ春がやってきた。カエルは川底に堆積している枯れ葉をどかし、久しぶりの陽光を川越しに浴びた。三か月ぶりの陽光はとても暖かく、気持ちがよかった。
するとカエルの頭に何かがよぎった。何か大切なことを忘れているような気がした。少し、考えると頭に眠っていた記憶が掘り返された。
ーそうだ!山吹さんだ!ー
カエルは川から這い出て、すぐに山吹のもとへ大きな跳躍を何回も繰り返しながら急いだ。カエルは跳躍で移動している間、山吹と一緒に話す内容を考えていた。冬眠している間に見た夢の話や、久しぶりに浴びた太陽の光のことなどいろんな内容が頭に浮かんだ。
そんなことを考えていると、目的地に着いた・・・はずだった。しかし、そこに山吹の姿はなかった。
ーあれ?おかしいな、ここのはずなんだけどー
カエルはそのあたりを探し回った。何度も何度も駆け回り、何度も何度も声を出し、山吹を呼んだ。しかし、返事どころか姿もない。
空が赤く染まってきたころ、カエルの体力は底をつき始めた。カエルが休憩しようと立ち止まった。
そして立ち止まった場所に、今まで探し求めてきた答えはあった。予想に反して。そこには葉と花を失くし、ただ細い枝を何本も残したままの山吹がいた。しかし、いくら声を掛けても反応はない。
カエルは悟った。一足遅かったと。そして森全体に響くような大きな声で
カエルは泣いた。
[短編小説] 山吹とカエル 木野キヤ @Kinokiya35
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