第84話 夢
〇
「行くぞォォオ!」
「「「応!!」」」
草原を、大軍で走っている。俺たちが、いや我が国が誇る亜人部隊。
横を駆けるのはゴリラの亜人と狐の亜人、それから蛇の亜人。
俺たち亜人部隊の能力は総じて高い。
しかしその優秀な部隊が、俺たち四人には着いてこれない。
「しっかし、いつもながら遅いですね。勇者と副将三人が先行するなんざ、どんな戦術ですか」
「フン! あいつらは鍛えなおさなきゃいけんな!」
愚痴る狐と、今夜の訓練をより一層厳しくしようと息巻くゴリラ。
「まぁ、僕たちが先に突っ込んで乱れたところに、後続の軍が突っ込むのが一番速く終わるしね」
蛇が言う。
「ソウダナ! ジャア先に乱しまくルとスルカァ!!」
「「「いやお前は待て」」」
三人が俺を止める。
「ヒジカ兄さんはそもそも下がっててくださいよ」
「お前が死んだら終わりなんだぞ!」
「言うこと聞いてよ《勇者》ヒジカ」
呆れたように話しながらも、全員速さは落とさない。後続を離し過ぎないように、最初から全力じゃないのだ。余裕はある。
「ツッテモ、俺達がこの戦法で速く終ワラセルカラ味方にも敵にも、戦死者が少ナインダロ?」
俺たちはずっと、この戦い方で戦ってきたじゃないかと。
「昔とは立場が違うんです。今ヒジカ兄さんが死んだらこの国は終わりですよ?」
「撤退以外なくなるし、今まで積み上げた亜人の地位もどうなるかわかったもんじゃねぇ」
ゴリラが歯ぎしりをする。それは、わかってはいるんだが。
「……コレが最後の戦いにナルダロ。イツモのオ前達との戦イ方で、勝チタイノサ」
右手の人差し指で頬をかく。照れるが、本音だ。
「だからこそ、やめてほしいんだけど。さぁ、もう激突するよ? 魔王軍と」
〇
「ソンジャア! 今日ノ勝利に、乾杯!!」
夜。張った幕舎から全兵士を出して杯を掲げる。
乾杯と、方々から声が上がる。野戦では勝ち、もはや魔王城まではあと少し。全兵に酒を一杯ずつ配った。
情報によると魔王はすでに城を出て、こちらへ向かっているという。
「夜襲への警戒を! 気は緩めないでください!」
「重点警戒地点は、後で僕から説明するね。その部隊は気を抜いてたら丸呑みするから」
狐と蛇が乾杯もそこそこに、兵に声をかけて気を引き締める。
「警戒部隊以外は一杯ずつ飲んだら訓練始めるぞ! テメェら気合入れていけぇ!」
ゴリラが周囲に喝を入れる。今日の訓練も激しくなるのだろう。
「オ前ラ、仕事は速めに終ワラセテ戻ッテコイヨ」
三人が、背を向いたまま手を上げて応えた。俺達が表にいれば、兵も休めない。それに、それぞれの仕事が終われば、また四人で二杯だけ酒を飲むのだ。
俺も仕事に移る。
戦争中でも、書類仕事は多い。その日の戦果の報告書、亜人に関わる種々の書類。
俺たちの戦いは、魔物や魔王だけではない。
書類を一つ一つサバいている中、一枚の手紙が目に入る。
「コレは……」
それまで手にしていた書類を投げ捨てる勢いで、急ぎ返事を書いた。
〇
「……終ワッタカ」
魔王を倒すと、魔物たちは散り散りになった。
《魔の大森林》の方に駆け去って行く者が多いようだ。
「あぁ。長かった」
「でも、ついに、ですね」
「これで兄さんは《大勇者》だね」
全員で労い合う。兵たちの歓声は、まだまだ収まりそうにない。
そうだ、二人に伝えることがある。中心に動いてくれていた蛇は知っているが、二人はまだ知らないのだ。
「イッサさん、ソージ」
早く伝えたかったが、最後の戦いを前に変に緊張させてはならないと、黙っていた。
「俺達のもう一つの戦いも……、本当の闘いもこれで終わりだ」
ついに、国王から確約を取った。魔王を倒した暁には、慣習法を含めて亜人に対しての人族の優遇禁止を、法として明文化して施行すると。
二人に伝えると、しばらく呆然とした後絶叫した。
いつも冷静なソージさえ、泣きながら叫んでいる。
ソージはしばらく泣き叫び、息も絶え絶えになりながら俺の方に向き直る。
「……ヒジカ兄さん。ボクからも、言わなきゃいけないことがあります」
涙を隠すこともせずに、ソージが語る。
「姉さんがみごもっています。タマソン村に帰れば、兄さんと姉さんの、二人目の子どもに会えますよ」
今度は俺が叫ぶ番だった。
俺は自分が伝えた幸福と、伝えられた幸福の質量を抱えきれず、情けなくも泣き出した。
〇
魔王を倒した後、俺達四人はタマソン村に戻った。
国から魔物はいなくなった。伝説通り、また魔王が生まれるまでは数十年かかるだろう。
少なくとも、それまで平和は続いていく。
日差しがキツい。もう夏か。
「おーい! ヒジカぁぁ!」
イッサさんは、相変わらず声がデカい。俺が耕している畑は、呼んでいる門とはかなり離れているというのに。遠目で、イッサさんと並んでいる弟がうるさそうに耳を塞いでいるのが見えて、笑う。
簡素な木の柵だった塀も、村の拡張にともなって今は城壁になっている。それでもこの声では、広くなった村中に響いていてもおかしくない。
「今日の獲物は、デカいぞぉお!」
弟とイッサさんの二人は軍を率いて、訓練も兼ねた狩りだった。毎度大量に狩ってくるので、帰る度に祭りのようになる。
他国から亜人が、差別の無いこの国に入って来ることが増えた。安全にこちらに移住させるためにも、まだ力は必要だった。
出迎えるために畑から出ると、娘を腕に抱えたミィが。妻が、濡らした手ぬぐいを持って待っていた。生まれたばかりの娘には、手を拭いて触れないと鬼の顔になって怒る。義弟のソージも怒る。
普段は冷たい叔父の、姪っ子へのかわいがりようは異常だった。キレイな顔で引く手数多なのに相手を作らないソージには、妻は真剣に相手を探してやらなければならないかと相談してくる。
しっかり拭いた手で、娘に触れる。赤子の笑顔は、天使のようだ。
「父上ー!」
鍛えるために、イッサさんと弟の訓練に同行していた息子が、駈けてくる。妻譲りの金糸の髪を振り乱しながら。勇者として旅に出る前の結婚式では、まだミィのお腹の中だった。あの子がもう、こんなに走っている。
今回も、強くなって帰ってきたのだろう。あとで剣の稽古をつけて、目一杯甘えさせてやろう。
俺は……、コノ幸福のタメ、に、戦ッテ、いく、ン……ダ。
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