最終話 僕の名前はヒジカ・トージス




 肌が、痛いほどの雨に打たれ続けている。ざんざんざんざと降る雨の音以外、何も聞こえない。兄さんが死んだ。


 ヒジカ・トージスは死んだ。


 もう彼は動かない。もう彼には何も与えられない。


 もう彼からは何も奪えない。


 ヒジカ・トーシスは、魔王を倒した大勇者になる前に、亜人を救う前に、勇者になる前に死んでしまった。



    スキル《夢幻の邪眼LV10》を獲得した!



 スキルの幻が終わって、外れた首輪が地に落ちてガチャリと鳴った。


 これが、正しいのかはわからない。


 残酷なことをしたのかもしれない。


「今のは……?」


「……新しく覚えた、スキルだよ」


 イッサさんとソージ君も巻き込んでしまった。二人も、ヒジカと同じ幻を見たのだろう。


「それもだけど、何だよ弟、その、眼」


 新しい邪眼を使うため『我』には全力で力を使ってもらった。額以外の姿は換わっていないが、邪眼を曝さずにはできなかったんだろう。


 両目よりも二回り大きな額の赤眼で、二人からの視線を返す。


 あぁ、視界がボヤけやがる。三つの眼から、三つの眼に雨が沁みる。


「弟、魔物だったんですか……?」


 二人が確信していることの確認。僕から目を逸らさないだけありがたい。


「《獣度調整》じゃなく《魔化調整》を使えるのが魔物というなら、そうだね」


 そう応えるしかない。そうであるなら、僕は魔物なのだ。


「魔物が、何でこん」


「だけど!」


 イッサさんの言葉を遮った。彼が何を言おうとしたのかは分からない。


「こんなに良い人たちが住む村を皆殺しにできるような奴らを魔物と言うなら! 僕はそうじゃないッ!」


 自分が何を言いたいのかはわからない。イッサさんもソージ君も、僕が何を言いたいのかわからないだろう。


 ただただ三人で、痛いほどの雨に打たれ続けていた。頭の髪蛇が死んだように、顔や首に貼り付いている。


 だがやろうとしていることは、やると心に決めたことは明確だ。


 それを、友を亡くしたばかりの少年たちにどう伝えるべきかはわからなかった。


 僕は迷った末に、そのままを伝えることにした。


「名前を、決めたんだ」


 二人を三つの眼で見据えた。僕に対する恐れはないようだった。それ以上に悲しみが深いのだろう。


 黙って、僕の言葉を待っている。


「……ヒジカ・トージス」


 僕の名前は、ヒジカ・トージス。


 数十年振りに現れた亜人の勇者で、世界の亜人を救う者。魔王を倒して大勇者になる、名前。


 そう、決めた。


 鈍色にびいろの空から落ちる雨が、僕らを強く打ち続ける。僕らの心を映し出すように。




 強雨は止まない。降り続けている。






               【第一部完】


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