第81話 三人の狩り(四)




「いよいよ、明日か」


 魔の大森林で、結婚式の料理を豪勢にするために来ている。今日はその準備だ。もう三人とも、気配察知は僕と同等だ。七十メトル内の獲物は見逃さない。


「フゴォォォオ!!」


 魔猪が《挑発LV7》したイッサさんに《突進》。


「ッシャあ!」


 余力を持って受け、止める。イッサさんだけでもそのまま殺せるだろうが、今日は動きを止めるだけに留めてもらっている。


「ソージ君!」


 呼ぶとともに、息を吐く音だけが聞こえる。両方の頸動脈に猪の下から、滑りながら刃物を入れて通り過ぎる。通り過ぎた後、二か所から赤い血が噴き出る。勢いはすごいが一滴もソージ君には付いていない。


「お、力抜けてきたぞ」


「じゃあ、殺さないままで、頭を下にして吊りさげてー」


 言うとイッサさんは、後脚を取って持ち上げた。すげぇ。イッサさんより大きい猪なのに。三人で協力して、生きたまま太い木の枝で後ろ脚を結んだ。


「ソージ君、大きな血管があるところわかる? 何か所か切ってくれる?」


 自分でも無茶振りだと思うが、


「ここらへんですかねー」


と言って、ソージ君は刃を入れる。切った場所からことごとく血が噴き出す。


「……わかる意味がわかんねぇよ」


 イッサさんが呆れたように言う。同感。聞いても、なんとなくです、と本人も言語化できないので諦めた。ソージ君を《丸呑み》して《天才(武)》を奪う以外ないのだろう。


 やらないけどね。


 やらないよ? 本当だよ?


「何で、こんなことするんです?」


「血を出した方が、生臭さが消えるんだって。生きてた方が、血が抜きやすい」


 ソージ君は分かるのだろう。深く肯いていた。




 血を抜いている間、二人と待っていた。明日の主役のヒジカは来ていない。


 レベルアップ狙いだけなら、もっと奥まで行ける。一人でも四ゴブリンくらいは余裕で相手が出来るようになった。


 ただ、一度四人でゴブリン二十匹に囲まれた時はマズかった。ゴブリンは時に、毒を塗った武器を使う。僕には効かなかったが、三人には効いた。十匹倒す頃には三人とも毒にやられ、倒れてしまっていた。


 残りを一人で倒し、気を失っている三人に僕の血を飲ませた。蛇の血清でどうにかなるか、賭けだったがどうにかなった。どころか、三人とも《毒耐性》を手に入れた。


 耐性を手に入れた今、多分四人なら《鉄爪熊》や《邪眼の大蛇》くらいの森の深さなら倒せるだろう。


 手遊びに、首から伸びた鎖を弄ぶ。もう首輪にも、ステータスが下がってスキルが使えない状態にも慣れてしまった。……いいのか悪いのかわからないけど。


「なぁ弟。お前の名前、どうにかするか?」


 確かに、いつまでも弟や蛇、ではどうかと思う。


「でも……、記憶を取り戻せば、両親が愛を持って名付けたものがあるでしょうし、ね」


 優しさに満ちた目はやめてほしい。心が痛むから。首輪には慣れたけど、未だにこんな良い人たちに嘘をつき続けていることには、慣れていない。もしかしたら、いずれ言う時もくるのかなって思う。


 この世界では、親から与えてもらった名前というのは命の次に大事なものらしい。だから、不便はあってもみんな、僕のことをヒジカの弟、トージス家の息子と呼んでくれる。


「……確かに。ま、名乗りたい名前があったら言ってくれや!」


 深く肯くイッサさん。優しさがまた心を刺す。空を見上げると、村を出る時は快晴だったのに、暗雲が広がってきていた。


 いたたまれなくて、近くにいるスライムを狩り倒して大量に水を用意する作業に移った。


 あらかた血が抜けたところで、毛皮や使える部位を切り落とし、食う肉を洗う。猪の長い腸を引きずり出し、さらに入念に洗う。


 食べやすいサイズに切った肉を、その腸の中に詰めて縄で数か所縛る。


「コレ、どう料理するんだ?」


「腸の中に野菜と米も詰めて、鍋で煮るんだって。その後はお母さんが飛び切りの味付けをしてくれるよ」


 お母さんに指示された作業だった。解体してみてわかったけど、脂の乗った良い猪だった。


「絶対美味しいですよ! ボクもうヨダレ出てますもん!」


 すっかり食いしん坊になったソージ君の言葉に、僕らは笑った。ソージ君は頸動脈を切った時から、良い食材だとわかっていたのかもしれない。



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