第80話 《守護者》について





「……はしゃぎ終わりましたかな?」


 足音ともに、執事の言葉。そういえば、コイツ来てたな。


 前回のように、ハンカチで口を押さえながら言葉を吐く。亜人と同じ空間で呼吸はしたくない、とでも言いたいのだろう。言ってもらえた方がまだ嫌悪感は少ない。


「亜人の結婚式のような些事など、どうでもよいのです。重要な件はこちらです」


 ミィ姉さんに言って、衣装を持って家に帰ってもらう。すっかり健康になったミィ姉さんに、汚れた空気は吸わせたくない。母胎にも触る。


「亜人の勇者。貴様の守護者を決定しました」


「ナンノ、話ダ」


 執事は大仰に、ため息を吐きながら首を振る。


「一ケ月後、王都で勇者候補のお目通りがあります。そこで王に《守護者》と共に謁見を受けるのです」


 存じ上げなかったので? と兄さんを窺う。


「……ジョーイ。鑑定を受けた町の領主であるララ家が情報を止めていれば、ご存知なわけがないでしょう」


 リリィ嬢の言葉に、執事が舌打ちしたいような表情をして口をつぐむ。


 こいつは何がしたいんだ。ゴマカすように咳払いして、気を取り直したように言葉を続ける。


「来週、迎えに来ます。ララ家の精鋭たる守護者三人と王都に向かうのです」


 執事が指でパチンと音を立てると、お付きの者から三人が歩み出た。ヒジカより背は低いが、なかなか体は出来ている。てか何執事の指パチンで出てくるって。練習したの?


「さすがに、亜人で勇者候補の貴様ほど恵まれた体ではないが、この三人同時ならば貴様でも敵わないでしょう?」


「アァそうダロウナ」


 兄さんは適当に流すつもりなのだろう。この程度なら二十人で囲んでも、僕達の誰にも敵わない。ララ家で見た最精鋭にも劣るところを見ると、出し惜しみだろう。


「ありがたく、この三人を連れていきなさい」


「丁重にオ断リさせてイタダク」


「は?」


 断られると思っていなかったのか、執事は呆けた顔をさらす。


「守護者はソノ勇者ダケに唯一任命権がアリ、勇者が信頼スル者ダケガ任命さレル、ソレガ定義ダロ?」


「何故それを知っている!?」


サァナ、と言って兄さんはリリィ嬢に微笑む。リリィ嬢はえへへと笑っている。


 どうやら、僕が知らない間にやり取りがあったらしい。


「それは――、どうでもよろしい。王都に向かうまでの二週間で、信用したまえ」


 無茶を言う。執事は、ララ家の三人がいかに屈強かのプレゼンに入った。長々と話していたが、


「どのみちこの三人以上の戦力なんて貴様には――」


「おぅ! リリィ嬢ちゃん来てたのか!!」


言い終わる前に、イッサさんが来た。気骨まで通ったような短い黒髪は、今日もそよりとも揺れない。


「だ……、誰だ貴様」


 初めて執事は、恐ろしいものに掴まれたように狼狽えた。見慣れなければ、この巨体は怖いんだろう。だっるんだっるんなデブからワイルドな美男になっちゃったゆえに、一見強面にも見える。


「? 会ったことなかったか? 道場主の息子イッサ・コドムだ」


「あのブタゴ……ゴリラ亜人?」


 あぁ? とドスの効いた声で本当に胸倉を掴んで持ち上げられた。体型が変わったせいか、声も重く太いものになった。声のデカさは元々だ。執事は一メトルくらい地から離れ、足をバタバタとさせている。


「大・猩・々、な!」


「だ、だいしょう、じょうの、亜人、の方?」


 執事が言いなおすとイッサさんは、おうと笑って下ろした。


 推薦していた屈強な男三人と格が違う巨人のイッサさんの前で、それ以上プレゼンはさすがに出来なかったようで、


「こ、このことは報告致しますので!!」


と捨て台詞を吐いて帰っていった。




 それから、イッサさんも一緒になって衣装にはしゃいだ。守護者のことで、安心していいのだとソージ君とアイコンタクトで笑いあった。


 ウエディングドレスをデザインしたのは、僕と同じ転生者だろう。そう考えたのが帰宅後だったのを思うと、僕も大概はしゃいでいたらしい。



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