第76話 最後の仲間?




 イッサさんは、僕達と違って記憶があった。記憶はあったが《超獣化》のスキルは、どうしても止めなきゃと思ったら大きくなったらしいので、自分の意志での再現はできないようだった。


 そして、僕とヒジカにあっては記憶はないが体のキレが上がっていた。リミッターを外した体験をしたことで、身体が覚えたのかもしれない。ステータスアップの一つの手段ではあるかもしれないが、リスクが見合わない。意識を失っている間に死んでしまいました、殺してしまいましたでは笑えないし。次もイッサさんが超獣化できるとは限らない。


 リスクの大きさが不明で、仕組みがわからないものには頼らない方がいいだろう。


 イッサさんは、長距離を走ることの継続。米が好きで炭水化物ばかり食べていたらしいので、肉と野菜をメインにするように変えさせた。全力で一日走らせるのは一回だけでいいので、加減して出来るだけ長距離を走ってもらっている。


 ソージ君はまともな食事をさせて、僕とヒジカが組手の相手をすれば勝手に《天才(武)》で力を伸ばしていくだろう。


 ヒジカとは、もう二度と二人で組手をしないように決めた。自分たちでも言ったし、周りからも止められた。お父さんとお母さんやタマソン村の人々には、派手過ぎる兄弟喧嘩と思われた。


 それから。ヒジカが僕の記憶のことを聞いて、まだ何も思い出せないと応えると『弟』と呼ぶようになった。ヒジカが呼んでから、イッサさんやソージ君だけでなく、タマソン村のみんなが弟と呼ぶようになった。僕の呼称に困っていたのだろう。僕は照れつつ、罪悪感を少し感じながらもそれを受け入れた。




 それが自然になってきたある日、純白の明らかに上質な服(僧侶の着そうなローブ? かな?)を着た人族の少女が、数人の人族を引き連れてやって来た。少女はキレイな青い宝石がついた杖を持ち、純白の帽子をかぶっていた。


《聖女》リリィ・ララという娘らしい。すぐ後ろに執事っぽい白髪の初老の男がピタっとつき、他の人族に指示を飛ばしている。


 人族って来るんだ。そう思ったし普通は来ないらしいのだが、事情があるらしい。


 リリィと名乗る少女は、ヒジカを中心とした僕達に


「勇者ヒジカ様、タマソン村の皆様。お久しぶりです」


深々と頭を下げる。ピンク色のふわふわとした髪と翠色の瞳よりも、美少女っぷりの方が現実離れしていた。大人になったら、とんでもない美女になるだろう。


 第一印象として『育ちのよさそうなガキ』だなぁと思った。僕の前世は、ある程度年を取っていたのだろう。


 白い肌で礼儀正しく、良家のお嬢様という風体だが、目の形は勝ち気そうだった。


 タマソン村のように、亜人だけの村に役人はいない。そもそも原則は人族の世襲なので、亜人の役人自体がほとんどいない。だから、そういう村や集落の管理は、近隣のより大きな町に住む役人が兼ねる。


 リリィ・ララが来た理由は、二つらしい。


 リリィの家である貴族ララ家がタマソン村の管理者であり、税の計算や戸籍の管理も行っていることが一つだ。出生者や死亡者を管理し、税を人頭で数えて計算して、半年後にもう一度税の徴収で来る。


 しかし、もう一つの事情で月に一度は来ているそうだ。それが、ヒジカ・トージスが勇者候補であり、リリィ・ララが聖女であるということだ。


 この国では十五歳で鑑定を受け、十六歳で成人するのが原則だが、貴族は例外らしい。十二歳のリリィ・ララは貴族の原則どおり今年鑑定を受け、パッシブスキル《聖女》を持っていることが発覚した。


「以前にも増して、力強い様子ですね。共に旅立つのが楽しみですわ」


「アァ。俺も楽シミにシテイル。出発マデに、サラに鍛エルさ」


『勇者』と『聖女』は一セットらしく《勇者適正》を持つ者が現れた同じ年には《聖女》も毎回現れるらしい。


 せっかく近隣に住んでいるのだから、勇者と聖女で親交を深めるため来ているのだと。


 リリィお嬢様がヒジカとご歓談の間に、たまたま近くにいたフェレット亜人のフェレおばさんから聞いた。イッサさんとソージ君はヒジカの隣にいたからか、所在なさそうに二人の話を聞いたり、たまに話を振られてドギマギと対応したり。初老の執事服はハンカチを口にあて、三人を好意のなさそうな目で見ている。


「アァ、紹介すル。新しい住人ノ蛇亜人ダ。俺ノ弟にナッタ」


 僕にも話が向いた。記憶喪失で名前も思い出せない事情を説明され、リリィは真剣に覚えようとしているのか、僕の顔をじっと見ながら話を聞き、何度も頷いていた。


 リリィ嬢の、よろしくお願い――と言う挨拶は


「おっと! それでは人頭税は一人分増やさねばばりませんなぁ」


という執事の言葉で遮られた。


「ジョーイ! 失礼ですよ」


 ぴしゃりと叩くようなリリィ嬢の言葉にも、執事服は嘆くようなため息を吐きながら返す。


「お嬢様。あなたの仕事は亜人などと仲良くすることではなく、国に任されたララ家の責務である亜人村の管理を厳しく行うことです! お父様のお考えはお分かりでしょう」


「そんなことは許され――」


「反論なんてことはこそ許されません! あなたと共に戦うのはこの亜人ではなく――」


「やめて!!」


 叫んで止めたリリィ嬢が、俯いてしまう。僕達はおろかヒジカも口を挟める雰囲気ではなく、沈黙が辺りを支配する。


 …………不穏だぁ。


 さすがにこの刺さるような空気では、誰が何を言ってもよい雰囲気にはならないだろう。《あざといLV10》ならなんて考えて現実逃避をしていると、リリィお嬢様がその沈黙を破った。


「……執事に、お父様の言葉を勝手に口にする権利はありませんわ」


 そう言って、ヒジカの腕を取る。やっぱり執事で合ってたんだと思いながら執事服を見やると、こちらが驚かされるほど目を剥いていた。


「私は必ず、ヒジカ様と魔王を倒す旅に出ます」


 僕より少し背の高い彼女が、さらにはるかに背が高い、銀髪が覆うヒジカの褐色の顔を見上げる。その緑色の瞳は、恋する乙女のものだった。


 ヒュゥーと、フェレおばさんが小さく口笛を吹く。


 どうやらリリィ・ララがタマソン村に例に無く頻度で来るのは、三つ目の理由があったらしい。


「……この件は、報告させていただきますぞ」


 唇から血を流しそうなほどに歯噛みする執事が、ヒジカとリリィ・ララを睨む。


 彼らは、僕の税の馬一頭を追加すると告げて去っていった。ヒジカもイッサさんもソージ君も、特に何も気づいていないらしく首を傾げていた。


 僕はミィお姉さん――ソージ君のお姉さんのことを考えていた。



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