第68話 




 ……迷っていたけれど、いきなりやってもらうのはやめた。


 走り込み、というのさえやったことがないそうだったので、二日だけは、走ることに慣れてもらおう。


「遅くてもいいから、魔の大森林まで走って。着いたら村の入り口まで戻って来て、また魔の大森林まで走って」


「走る、ですかな? 戦闘には役に立たないとは思いますがー」


「戦闘に直接は使わないけど、結局、痩せるのにはご飯減らして走るのが一番良いんだよ。自分の体の動かし方――、いや、自分を知ることにもつながる」


 間接的にはずっと役立つよ、と加えた。組手で叩きのめしたからか、素直に頷いてくれた。心から納得はしていないかもしれないけど、結果が出ればわかってくれるだろう。


「水は村の入り口に置いておくから、往復する度に十分飲んでおいてね」


 本番は四日後くらいになるだろう。昔から目的意識を持ち始めた者には、特にこれまで甘えて太ったガキとこじれて痩せた子どもには、これが効く。イッサさんは、こじれて太ったタイプっぽいかな。


 ……ん? 昔から? 子ども? 何でこんなこと考えてるんだろ。


 村の入口まで見送って、井戸から大きな桶に水を汲んで、置いた。僕はヒジカのトージス家に戻る。


 ヒジカとヒジカのお父さんは、一泊二日の予定だったので、今日の夕方に戻って来るらしい。


 家へと帰る――帰るといってもいいそうだ、その間にもタマソン村の人たちは声をかけてくれる。狩りで役に立っていることも三人が言ってくれているらしく、大人たちはほめてくれ、子ども達は狩りの話をしてとせがむ。


「そんな小さいからだで、役に立つのかー?」 


 生意気っぽい猫耳の女の子が、悪気なく聞いてくる。猫亜人らしく、目も吊り目だ。


「君も小さいでしょー? 何か一つできれば、結構役に立つもんだよ」


 全開のSPDでその子の背後に回って、言いながら僕の胸くらいの高さの肩を叩く。


 振り返った時には、先の位置にまた戻り、ね? と言ってからかった。女の子はぽかんとした顔をしていた。


「すごいなヒジカの弟!」


 帰ろうとしたのだけれど、そんな声を背に受けて一瞬立ち止まってしまった。


 ありがとう、と顔だけ向けて笑顔で言ってみたが、上手く笑えていただろうか。


 ヒジカが、俺に弟ガできた! と村で言っているのは、イッサさんから聞いた。喜ぶのも照れ臭いからか、どんな顔をしていいかわからないんだ。


 前世で自分がいくつだったかは分からないが、少なくともヒジカよりも年上だったはずだ。


「ただいま、ですー」


 トージス家の玄関(というほど立派なものではないけれど)に入って、台所に行く。


「あら、おかえりなさい」


 ヒジカのお母さんは、ちゃぶ台にご飯を配膳していたところだった。水を溜めた桶から柄杓で掬って手を洗う。都市のはどうか知らないが、タマソン村のインフラはこんなものだった。


 手伝うことがないかと台所に向かったけれど、もうやることはなかった。


 額を出した茶髪の狼亜人で人の好さそうなお母さんは、実際にすごく優しい。正座の文化はないようで、あぐらをかいている。僕だけ変な座り方と思われる正座をしても仕方ないので、僕もあぐらだ。


 促されてちゃぶ台に座り、手をあわせる。


「いただきます」


「はい、召し上がれ」


 昼食は野菜炒めに、麦ごはんだった。未だにちゃんとした料理を食べる感激は小さくない。


「いつも美味しいご飯、ありがとうございます」


 本当にありがたい。ヒジカの小さい頃の服に、隣のフェレット亜人のおばさんに服ももらい、衣食住は満たされている。


「いいのよー。自分の家だと思ってくれて。今日はイッサ君と遊んでいたんでしょう?」


「武道場で色々と教えてもらってました」


 笑顔で応える。彼が昼食を抜いたまま今も走らされていることは言っていない。夕飯は普通に取ってもらう予定だけれど、食事にも口を出した方がいいかもしれない。


「お昼もイッサ君と遊ぶの?」


「お昼は、ソージ君と遊びます」


 食器を洗ったらすぐに、オキ家に向かう予定だ。食事中に向かうのが理想だったけれど、お母さんに気は使わせたくない。



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