第67話 鍛錬ーイッサ・コドム(1)




「ねぇ何その攻撃? ハエが止まるよ?」


「フンガー!! おっのれチョコマカとー! ですぞー!」


 イッサさんの武道場にお邪魔しているんだけど、なかなか楽しいことになっている。


『実は僕も強くなって、ヒジカの勇者の旅の役に立ちたいんだ! だからイッサさん、僕の修行に付き合ってよ!』


 という《あざといLV2》から《あざといLV3》に上がるくらいの演技で持ち上げて、組手で落とした。


 イッサさんが、僕の体よりも大きな大剣の木剣を右から左へと振る。のろい。振った剣に遅れて腕の脂肪が揺れ、顔と腹の脂肪が遅れて揺れる。


 最高速度は速い。元々腕力のあり過ぎるイッサさんが、大きな木剣を振っているのだから。その力に速度が乗って、当たれば冗談じゃなく死ぬかもしれない。


 ただ、右に振りかぶった時点で、振ろうとする軌道や範囲さえ丸見えだ。しかも最高速度に乗るまでは遅い。僕は剣が振られ始めてから間合いを外し、木剣が最高速度に乗った瞬間に、右拳を脇腹につけて踏み込んだ。


 振った木剣はイッサさんのPOWを乗せて、反対方向にいる僕にすぐには振れない。


 その間に僕は悠々と左脇腹に右拳の逆突きを入れる。


「ぐっ」


 イッサさんは呻きながらも、空を切った大剣を切り返す。肉を殴る拳の感触が、思わずヨダレが出そうなくらい心地良いのだけれど浸る間はない。脂肪がたっぷりついた腹が、なんとも言えない感触で震えるのに。


 DEFも大したものだ。全力で突いてはいないけれど、馬の頭を潰した時の七割程度で何度も打っているのに、倒れない。根性もある。


 ただ、それでも軌道は丸見えのままだ。イッサさんが振っている間に、僕はその剣の進行方向に先に回り、背後を取る。今度は最高速度に乗る前に、反対の脇腹にフック気味に右拳を深々と刺した。


「ふがぁ!」



    スキル《かぎ突き》を獲得しました!



 背後にはすぐに攻撃がやってこないので、今度は味わう。サディズムなんてないはずなのに、ヨダレが口の中に広がる。上質な肉です。


 もう二十発くらい腹ばかり打っていたので、イッサさんはさすがに動きがさらに鈍くなってきた。大剣の範囲の、さらに一歩外の位置まで間合いを取る。


「……これくらいにしておこっか」


 その台詞で、イッサさんは膝をついて激しく息をし出した。


「ぶはぁー、ゴふぉー、はぁ、強、過ぎ……ん、ぞ」


 両手を地面についてはいるが、僕を見上げる目はいつもより強い。人の好さそうな目の形であるのは変わりないが、悔しさが滲んだ良い目だ。顔にも脂肪がつきまくっているのがもったいない。


「強すぎるのは、イッサさんだよ。当たってたら、木剣でも多分僕死んでたし」


 笑って返す。


「おれー拙者は、どうすれば、強くなれる、ます、かな?」


 手と顔の下には、汗で水たまりができている。目的の一つであった、教わる姿勢にもなってくれたようだ。


「……戦い方と身体の両方に、無駄があり過ぎるね」


 誰かに教わったわけじゃなく、道場ではただブンブンと大剣を振り下ろしたり振り回していたんだろう。だからか《ぶん回し》とでも名前が付きそうな横薙ぎと、振り下ろしの練度自体は高い。


 ただ、相手がいることを想定していない練習しかしてこなかったのだ。獣でも相手の隙を伺うし、僕や相棒ほどでなくても魔物はもっと合理的だ。当てればいいなの攻撃は、永遠に当たらない。


「さっきも言ったように、イッサさんは強いよ。わざわざぶん回さなくても、僕を倒せるくらいにね」


「どうすりゃいい、です、かな?」


 相変わらず察しは悪い。しかし子ども達でも、肉体的にここまで恵まれていて察しが悪い場合、肉体の感覚には恵まれていることが多かった。実際、最初は縦に振り下ろしていたのが多かったのが、途中からは当てられる範囲の広い横薙ぎばかりになっていた。ヒントさえ与えて、なぶってあげればいいだろう。


「勢いをつけて振り回さなくても、少し当てるだけでいいってこと。小さく振ってもいいし、何なら剣で相手の攻撃を防いで殴ったっていい。自分の体に訊いてみて」


 イッサさんは自分の腕、身体に目をやった。言葉だけでも、何かイメージは浮かんだらしい。


「それと、その腕にも体にも、無駄な脂肪が多すぎるよ」


 数十kgの重りをつけているようなものだ。動きは遅くなり、スタミナも奪われる。攻撃のPOWは七割くらいだったが、呪いの首輪で下げられていないSPDは三割くらいで相手をしていた。それでも、よそ見していても避けられる自信がある。


 技術さえつけば、恵まれたATKを活かせるようになるだろう。それも痩せなければ、活かせ続けられないし遅い。


「そう、ですな。鍛錬は常に続けているのですが」


「うん、それは感じてる。だから、もうちょっとやり方を変えてみよう」


 意地もある。悔しさもある。やりたい目的もある。きっとイッサさんなら、効果が出るだろう。


「ちょっと死ぬ気で、一生懸命走ってもらう」


 何を感じたのだろうか。笑顔で言った僕に、イッサさんの顔は引きつった。



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