第57話《タマソン村》
「ヨウコソ。《タマソン村》へ」
狼男ヒジカの声で馬車から降りると、そこは草原に囲まれた村だった。
「ありがとうございました!」
馬車を引いていた馬の二頭も、人だった。礼を言うと人っぽさを増した姿になるところだった。
「いいよぅ」
「大変だったねぇ」
そう応えながら、さらに馬から人の姿へ近くなる。僕の《魔度調整》のように、調整するスキルがあるのだろう。
村を囲む塀は低い。塀というか、木でできた簡易な柵だった。あまり栄えていないのか、それとも獣人たちは戦闘が得意なのかな。
小さな村だった。村の人口は百人前後みたい。その小さな村では、各々の《獣度》で生活をしていた。
頭部だけが犬の人が棒にぶら下げた《森狼》らしきものを肩にかついでいたり、猫耳の女性が鍋に入れた水をこぼさないように歩いていたり、鳥の人が低空飛行しながら手紙を配っている。
子ども達の追いかけっこは人の姿で、捕まりそうになったり捕まえられそうになるタイミングで獣になって速度を増していた。
僕の《魔化調整》と同じく亜人には《獣度調整》というスキルがあるらしい。100%では完全な獣になるが、0%でも耳や尾などは残るんだって。
「……いい村、なんだね」
他を知らないから比較のしようがないけど、人々の笑顔は穏やかで、幸せそうだった。
「田舎の方が落ち着いて暮ラセルってとこがアルノサ。ミンナ気心の知れたヤツバッカダシナ」
草原に囲まれたこの村は、田畑での作物が主な食糧で、たまに若い男たちが森や草原の魔物を取って来るみたいだ。
……よかった。魔物を食う文化は、人間にもあるらしい。どころか結構メイン食料だった。
内心安心した。魔物の僕に食えるものがないかもと思っていた。
「おぅヒジカ! 戻ってきたか」
「トージスさんとこの」
「ヒジカ兄ちゃん!」
ヒジカを迎える村の声はあたたかだった。数十年ぶりの亜人の《勇者適正》持ちだからかと思ったが、それだけではないようだ。
両親は《薬師》をやっており、その誠実な仕事ぶりや、困っている人を助けずにはいられない性格で慕われているらしい。
でも何だろう。英雄の条件に、やっぱり外見は大きく影響がある気がする。長身過ぎて細身に見えるが、ヒジカ・トージスの腕や脚にはしっかりと筋肉がついている。しっかりと伸びた背筋の上には、端正な顔で力のある目に青い瞳。セミロングの銀髪は歩く度になびく。その上にかわいくもかっこいい銀の犬耳。
その姿が軍服に包まれていれば、どこからどう見ても重要人物に見える。そんな人間が、田舎の村の青年として扱われているのに、それもそれで不思議としっくりくるのだ。
「いつかやるとは思っていたけど、本当に人まで拾ってくるとはねぇ」
僕を見たフェレット亜人である、小太りの近所のおばさんは、そう言って呆れたように笑う。これまでも、傷ついた魔物を抱えてきて大騒ぎになったことがあったらしい。
ヒジカは頬を右手でかいて、苦笑いする。立ってみれば、ヒジカは2メートルくらいあった。銀髪で長身、端正な顔から派手な兄ちゃん感があるのだが。内面は心優しい田舎の少年だった。
子ども達を見ても、ここまでは大きくなりそうもない。さすがにこの大きさは亜人の中でも大きいのだろう。でなければ、150センチくらいの僕は相当チビということになる。そんなのは認められない。みとめられない!
「いつまでも腰に布を巻いてるわけにもいかないでしょうが。女の子みたいな顔だけど、男なんだろ? うちの子の小さくなった服あげるから、着ときなさい」
そのおばさんが服をくれるそうで、トージスさんの家に持っていくよぅ、と言って明るく去っていった。
ヒジカの家に着くと、また人の好さそうな穏やかな両親に迎えられた。
記憶を失って倒れていたとヒジカが説明すると、また悲痛な表情で同情されて、心が痛んだ。
《魔物》たる僕には強すぎる光だったが、それが心地よい。
理解した。この村が勇者を生み、心優しき少年に育てた村だということを。
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