第56話 彼の名はヒジカ・トージス(後)
勇者候補。
そりゃそうだろうが《勇者適正》を持つ者は稀らしく、適正を持つ者は基本的に勇者候補となる。では、それをどう判断するのか。
この国の国民はみな、15歳になると教会で《鑑定》を受けるらしい。《鑑定》を持つ者もまた稀であり、一般の民にはこれが一生に一度の《鑑定》される機会になる。
「……ましてや亜人ナラ、ナオサラナ」
とは銀の狼男ヒジカ・トージスは、空を見て言う。
この世界では15歳で《鑑定》を受け、16歳で成人する。それは、どの国も共通らしい。
勇者候補は鑑定で《勇者適正》があると認められた者で、16歳で勇者となる。それまでの一年は、最後の自由を謳歌していいとされている。勇者となってからは責任を伴って、国の管理下に置かれるからと。
ヒジカ・トージスは、今までどおり村で過ごすことにしたらしい。ただ、変わらない生活でも、狩りの時間を増やして鍛えているのだと。
馬車に揺られながら、色々な話を聞けた。
どうやらこの世界には、勇者も魔王も複数いるらしい。
きっかけがなければ、魔王と人間たちは戦争にはならない。だが魔物は基本、人を襲う。
だから人は、民家や店、田畑や役所を塀で取り囲み、そこを生活の拠点とする。その囲いの中を村や町、街、都という単位にしている。
大きな町になればなるほど塀は高く丈夫になり、都市ともなれば城壁で囲われている。
魔王は魔物を増やし、魔物たちに力を与えていると考えられているそうだ。
事実、そうそう魔王を倒せることはないのだが、魔王を倒した地域は魔物が弱体化し、激減した歴史があるらしい。
そして魔王を打倒し、地域に平和をもたらすことが《勇者適正》を持って生まれ、国に認められた勇者の大きな目標だと。
勇者にその期待がかかるのは、その職業補正が戦闘において大きく影響を持つからだ。
高い成長速度に、能力補正。中でも、仲間のステータスを上げるスキルが抜群に高いのだという。
今、世界では《勇者》は十一人いて、この国には三人の《勇者》がいる。
ヒジカ・トージスは数十年振りに現れた、亜人の《勇者適正》を持つ者だという。
「だかラ正式には、まだ《勇者》じゃなイんだけどな」
そう言って笑いながら、また頬を右手でかく。
十五歳になって受けた《鑑定》結果は、戸籍に記入される。
ヒジカは先日十五歳になり、地方の行政所で教会から《鑑定》を受けたところ《勇者適正》が発見された。
勇者になるのは一年後だが、諸々の手続きで何度かそこには行くことになるらしい。
今着ている水色の服も今日もらったばかりだが、はしゃいで着てしまったという。その帰りに僕を見つけたそうだ。
「《亜人族》ノ地位は《人族》に比べて低イケドナ。俺の頑張リで認メテイッテモラエタラって思ウンダ」
十五歳の狼男のスマイルは、こちらが恥ずかしくなるような真っ直ぐさを持っていた。前世の、外国のイケメン俳優の笑顔の知識はある。
銀髪青瞳長身の精悍な少年の笑顔は、実際に目の前でやられると破壊力がすごい。すごい。しゅごくしゅごい。
その真っ直ぐさに怯みそうになる。馬車に揺られ、この生で初めて人と話しているという非日常に、自分が動揺していることもあって、心はもっていかれそうだった。
が、ここは純真な年下の少年らしくあろう。
「スゴイね! 僕応援するよ!」
まんざら演技でもない。
変な話だが、魔物の僕はこの勇者を、この短い時間で好きになった。派手な外見に惹かれただけじゃない。超直感のスキルも不要なほどに、信頼できる。親身になって教えてくれることも、目標も心からの本音だということもわかる。
――もしかしたら。困ったり照れたりした時に、右手の人差し指で頬をかく仕草。それが相棒に似ていたからかもしれない。
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