第46話 夕焼け。熊と蛇とアスパラ。




 何本もの枝葉が顔に当たる。それを突き破って見えたのは、夕焼けだった。


「うっお……!」


「うわぁ……!」


 思えば、生まれて初めて空を見る。《義ある多頭の邪蛇》になって、色覚が増していてよかった。ずっと鬱蒼とした森の中だったのだ。


 そこでずっと地を這って生きてきた俺には、初めて目にする景色。


 美しい橙。大きな太陽。


 オレンジに染まる森。


 当たり前のことだ。生まれて見たことがなかったのでわからなかったが、空はどこまでも続いている。


 世界はどこまでも続いている。


 美しいという感情も、生まれて初めて抱いた。人の目であれば、もっと美しいのだろう。


「風が、気持ちええなぁ!」


 相棒は幼女らしい声音に戻ってはしゃいでいる。感傷には浸り終えたようだ。


「ああ……。これは、素晴らしい……!」


 尾を力強く下に振ることで、落ちるどころかさらに浮き上がれるのは《空中戦LV4》に上がったおかげだろう。水泳のバタフライっぽい。


 しかし、初めて上から森を見たのだが――、森続きすぎじゃね?


 空に果てはないし、大地も果てしない。


 それはいいけど、森も果てしない。


 ものっすごく北の遠くに、何やら高い建造物がある気はするが、何かまではわからない。


 対して南を頭の一つで見やれば、森の終わりと何やら町のようなものが見える。


 ――ふむ。どうやら俺は、かなり森の浅いところで生まれ落ちたらしい。


 北上すれば、強い魔物が増えていくということは、あの遥かな建造物には魔王でもいるのだろうか。


 空の風を感じながら思考していたが、相棒の声で我に返る。


「あいぼー、鳥が来てんで?」


 三時の方向を見るに、数羽の鳥がこちらへ向かっている。


 今までに見たことがないほどに大きい。


「デカいな。初めて見る魔物だし、一回降りるか?」


「せやなー」


 最近はエセ関西弁と老人が混じったような喋り方になっていた相棒だったが、エセ関西弁幼女に戻っていた。


 一応は女王として部下の前では気を張っていたのだと思うと、いじらしい。


 下降しながら枝葉を《薙ぎ払うLV4》し、再び大地へ。


 ガサガッサと枝葉をかきわけ、ドっスっっ、と派手な音とともに着地。慎重さを欠いていることは否定しない。余裕をこいている。


「「ほぅ?」」


 着地した先にいたのは、小型の恐竜や大きな鉤爪を持った巨大な熊、大きな邪眼の蛇もいるし、森の木の数本は顔があり根を地中から出して動き回っている。


 気に入ったのは、俺たちの姿を見ても恐れて逃げることがない。それどころか、値踏みするような目で見てくる。


 上から三羽の巨鳥も、俺が折った枝葉の間から降りてきた。


 そいつらも、周りの魔物がいることに怯んでいる様子はない。


 緊張感はある。ただし、一方的に捕食されることへの恐怖による緊張感ではない。


 未知の相手の戦力と、自負する己の能力、それを天秤にかけるような緊張だ。


「なぁ、あいぼー」


「ん?」


「ここ来て、よかったわ」


 相棒は幼女の顔で獰猛な笑みを浮かべる。いい笑顔だ。


 俺もそんな表情をしているのだろうか。


 最初に動いたのは熊だった。長く伸びた右の鉤爪を俺に向けて伸ばす。


 はっや! 避けるが、首の一本にわずかに掠り流血する。


 思い付きを試してみる。



    《体液操作LV2》



 血を操作して熊の眼へ眼潰し。避けた首でそのまま右腕を《握撃LV3》。


 お? 硬いなと思ったが、首の力で噛みちぎった。


 熊は残る左腕で眼を押さえたので、左手ごと真ん中の頭の《握撃LV3》で頭蓋骨を砕きながら、熊の後ろで隙を狙っていた大きな単眼の蛇へ、



    《恐怖の邪眼LV2》



をかけた。


 効いている様子はない。それどころかこちらから眼を背けることなく、真っ向から見返してくる。


 背後から鳥の一匹が俺の背に爪を立てようと浮上後降下していたので、尾で頭を《薙ぎ払うLV4》。


 左端の頭で後ろを見ているのに、気付かなかったのだろうか? 阿呆な鳥だ。死んではいないだろうが、激しい脳震盪くらいは起こしているだろう。


 単眼の蛇と見つめ合っていると、突如熊が燃え始めた。



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