第45話 サヨナラの始まり




「ウマウマ」


「美味美味」


 魔物は美味くなってきた。


 見た目も、いかにも魔物らしい《ピクシー》や角の付いた《ホーンラビ》《三つ首の大蛇》など明らかに魔物、というものばかりになった。


 ピクシーは翅の生えた小人っぽくてちょっと躊躇したが、なんか魚の天ぷら食べた食感の知識に似ていた。ホーンラビは、角が喉に引っかかって、魚の小骨が喉に刺さった知識を彷彿とさせた。


 大蛇は魚の踊り食いを彷彿とさせた。偶然だが全部魚っぽかった。もしかしたら俺の魂は、魚が恋しいのかもしれない。何にせよ美味い。


 ただし、食える頻度も少なくなってきた。


 何度もレベルアップを経て、ようやく俺と相棒は五体満足――五頭二尾満足で二腕六脚満足になったのだが、手負いじゃなくなったからか、魔物たちはマジで逃げる。


 俺のせいだ。


 見かける《三つ首の大蛇》は、体長8メートルくらいのものばかりだった。つまりは、ここでの魔物の層はこんなものなのだ。


 対する俺は、体長30メートルで頭が五、真ん中の頭は眼が縦に裂けた一つしかないので眼は九つ、尾は二つ。


 そりゃ逃げるわ。俺だって自分の身体の三倍以上あって、頭が八つある蛇とか出てきたら、相手がどんなに怪我しててもめっちゃ逃げるもん。


 思えば、寝込みなら何とかなると思って襲ってきた南の奴らは、大概INT低かったんだなと思う。


 相棒を背に乗せてずりずりと北へ這っているが、退屈になってきた。


 俺たちが食っているのは、下僕蜘蛛が持ってきた貢ぎ物だ。


 相棒と戦ったことで下僕蜘蛛の好感度が上がったらしく、俺にも魔物を持ってくる蜘蛛たちも多い。


 もう俺に舐めた視線を送って来るヤツはいない。


 単独ではなく複数でやって来ることが多くなったので、どうやら集団で戦うようになっているらしい。


 この辺りの魔物は、俺たちには物足りないが《猛毒大蜘蛛》や《巨毒蜘蛛》には、一匹では難しい敵だろう。


 ……うーん。言おうかな? どうしようかな。動物と魔物の中間だった頃と、考え方が明らかに違ってきた。進化の影響なのか、俺の前世の心の影響なのかはわからない。


 安全第一な狩りをしようという思いももちろんある。死ぬ危険は絶対に避けるべきだ。


 でも今は、身体が欠損するくらいのダメージを受けてもいいから、強い敵と戦いたい。


 相棒との戦いが楽しすぎた弊害だろう。こんな考え方は、少し前は想像もできなかった。


「何や? 北へ飛びたそうな這い方してるのぅ?」


 ぎょっとして、右端の頭で振り返る。横着すなや、せめて真ん中の頭で振り向けと相棒に怒られる。


「……何でわかった?」


 怒られたので、立ち止まって中心の単眼の頭で振り返る。


「あいぼーのことなら、何でもわかるわ。正直ウチも、物足りんし退屈やわ」


《アルケニー(幼)》の特性なのか、相棒の姿は幼女から変わっていない。人間だったら、成人するくらいまでのカロリーは摂取していそうだが。


 元々長い黒髪ロングが、少し長くなった程度。その代わり、下半身の蜘蛛は大きくなっている。食ったら危なそうな赤の警戒色が入った巨大蜘蛛だ。


 その蜘蛛の下半身で、俺の背中に乗って脚で腹を掴んでいる。時々こそばゆいし、たまに《毒爪》が刺さっている。


 人間とは白黒が逆転した瞳で笑う。それでも、右手で頭をかく癖は変わっていない。


「ありがたい。相棒冥利に尽きる」


 愛だなぁと呟くと、そんなんちゃうわ! と人の腕でペシペシと背中を叩く。


 そちらは痛くないのだが、下半身に力が入って《毒爪》が刺さっている。


 痛い痛い痛い。


「じゃ、早速行くか?」


 俺が尾に力を入れようとすると、


「ちょい待ち」


相棒から制止がかかる。


 相棒は息を大きく吸って、ピィィィィィ、と指笛を吹いた。


 そんなん出来たんかお前。相変わらずうちの相棒はカッコいい。


 ドドドドド、としばらく音が続いた。


 下僕蜘蛛が大挙して、俺たちを取り囲んだ。百や二百ではきかないだろう。いつの間にこんなに増えていたのか。そりゃ体重が軽い蜘蛛でも、あんな足音にもなる。


「よく集まった。我が下僕ども」


 蜘蛛から喚声などは上がらない。ただ口の牙をガチガチと鳴らす。簡単に描写するとそうでもないが、実際怖い。


 ガチガチ、ガチ、ガチガチガチガチ、という音が四方八方から大量に聞こえてくる。


 その音に取り囲まれれば、敵なら死を覚悟するだろう。俺だって負けるとは思わないが、タダじゃすまない。頭の一つや二つは失うだろう。相棒プラス蜘蛛の集団だったら? 無理無理。骨も残らない。


「お主たちを置いていく。理由はお主たちが弱いからじゃ」


 女王モードの相棒の言葉に、音が減る。悲嘆にくれているような静けさ、少ない音が鳴らす感情からは、怒りを感じる。


「好きに生きよ。わらわは北へ飛ぶ。ここで生きたいならばここで生き、平穏に生きたいならば朝日の左側で暮らせ」


 音が減る。怒りの声は小さくなり、代わりに悲嘆の声が増えた。


「……だが、妾について来たいと思う者が北へ向かうことを、禁じはせん。しかし――」


 音が無くなった。感情を心に押し留めて、幼女の声を聴こうとしている。


「その者達には、これより死ぬことを禁ずる。そして弱きこともじゃ。もし妾と北で会った時に弱いままなら、その時は妾自身に喰らわれると思え」


 静寂から徐々に、徐々に音が大きくなる。


 ガチガチ、ガチガチと。最初の時よりも気迫の籠もった大歓声となった。


 強く、繊細な感情がある。相棒の旗下につくことでINTが上がったのかなどと、考察しようかと思ったが、やめておいた。


 野暮なことだ。相棒は強くて格好良い上に、優しい。


 相棒が幼女の細い手で、ぺしぺしと背中を叩いている。


 俺は意を汲んで、



    《瞬発LV9》《突貫LV4》《空中戦LV4》



を空中へ向かって使う。


 木々の枝葉を突き破り、北に向かって空へ飛んだ。



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