第8話 てれれってってってー



 ……甘かった!


 どうやら最初のネズミは、よほど運良く狩れたらしい。


 小魔鼠こまねずみは珍しい種類ではないらしく、探し回ってみれば何匹か見かけることができた。見かける度に改めて周囲を警戒し《身体操作》と新たに手にした《瞬発LV1》を駆使した《突進》+《噛みつき》で攻撃したのだが、全て不発。


 動きが速いし動き出しも早いんだわ。あいつら。


 俺も命懸けであるように、あいつらだって命懸けなのだ。きっと察知スキルで警戒しながら進み、俺が《突進》した時には《瞬発》ですぐ逃げ出しているのだろう。


 やってるのは同じことなので、天晴れとまでは言わない。正直、簡単に食べられてほしい。


『草』『草』『木』『小魔鼠』『草』『草』『草』『草』『草』『木』『草』『?』


《解析》で周囲を見渡すと、また小魔鼠がいた。そして不明の何かも。


 第三の目で確認すると、その形状は細長い。まるで俺のように。


 というか、だった。


 さっきまでの狩りとは違う緊張が走る。サイズは俺と変わらない。しかし、初めて会う『喰われる可能性』だった。


 勝てるか勝てないか思考する。勝てれば大きな獲物。


 ――負ければ死。


 俺に遅れて、あちらも俺に気づいた。そして気づいたことにより緊張が走る。


 思考が加速する。


 相手の緊張はネズミにも伝わる。


 ネズミは逃げる。あの蛇とは違う方向に。


 蛇は俺と同じく逡巡する。


 ネズミが動き出


    《身体操作》《瞬発LV1》

    《突進》《噛みつき》


 ばくん、と喰った。


 噛みついてまだ息のあるネズミを口に入れたまま、すぐさま視線を蛇に向ける。


 敵意は込めない。感情は何も込めない。


 俺はお前に気づいている。何をしようと反応ができる。


 その無機質な情報だけを伝えた。


 蛇はこちらを向いたまま後ずさり、距離を開けた後去っていった。


 当然だ。さっきは俺も混乱して勝てるか勝てないかを考えてしまったが、そもそも勝てない可能性のある相手に、追い詰められてもいないのに戦うこと自体が間違いなのだ。


 負けたら食われるし、食われたら死ぬ。なら悔しいとしても、逃げた方がマシだ。サ〇ヤ人じゃないんだから。



    スキル《残心》を獲得した!

    スキル《眼力LV1》を獲得した!


 ほぅ、と安堵のため息を吐きそうになる。 吐くわけにもいかないので牙を食いしばると、パキパキと骨が砕けて咥えているネズミが絶命した。



   てれれってってってー!

   レベルが上がった!

    各基礎能力が向上した!

    スキル《眼力LV1》を獲得した!

    《眼力LV1》は《眼力LV1》に統合される!

    《眼力LV2》に上がった!

    《暗視LV1》を獲得した!



 うおびっくりした!




 天の声さんのテンション高ぇ。口で効果音言いやがったよこいつ。


 しかし、レベルアップは素直に嬉しい。レベルがあるなら上げたい。そこにレベルがあるなら。


 自分に《解析》を使い、ステータスを見てみる。




  《??? ♂》

   ステータス

    LV 2

     激弱


   状態

    脱皮したい。



 もう腹も立たないが、比較できないのはなぁ。


 ところで、脱皮したいと書かれた状態のように、身体が窮屈だ。ピッチリした全身タイツを着せられてるみたい。


 またパキパキと腹の中でネズミの骨を砕きながら、木の窪みを探して蛇行する。


 蛇には警戒していたが、結局さっきは助けられた。群れで狩りができれば、かなり楽になるだろう。


 蛇が群れで狩りをするものなのかも、俺が意思疎通ができるのかも不明だが。




 周囲を警戒しながら蛇行しているつもりだったが、ぱちゃり、と水たまりに突っ込んだ。


 やっぱり蛇は目が悪い。視界に入っていた水たまりにも気付けなかった。


 と視界のせいにしてみたが、半分は俺の注意不足である。


《解析》しながら進んでいたが、水たまりのような現象は表示されないようだ。それはまぁいいとして。


 蛇の目たる第三の目と舌を、十分に使えていないことが原因だ。ピット器官より視覚に頼っちゃうし、舌は気が付くとしまったままにしている。出していれば、水たまりにも気づけたはずだ。


 積極的に出し入れしていこう。


 チロチロ。


《暗視LV1》を手に入れたが、今のところあまり差異は感じない。鬱蒼とした木々の下でも、木漏れ日は漏れている。少なくともまだ日中。


 夜になれば、恩恵を感じられるかもしれない。


 それはそれとして、生まれて初めて水に浸かった。


 生まれて初めての水浴びになるので、少し楽しんでいこうと、ぱちゃぱちゃしてみる。


 ついでに言えば、水を飲むのも生まれて初めてだ。水美味いよ水。


 チョロチョロと舌を出しながら水を飲む。人間だけでなくとも、やはり生物には水は重要らしい。


 ぱちゃぱちゃ。


 ぺちゃぺちゃ。


 ぱちゃぱちゃ。


「きもちー」


 しばらくぱちゃぺちゃと遊んでいると、身体の窮屈さがやわらいだ気がした。


 消化まで待とうと、再びちょうどいい木の根を探していると、偶然石で体を擦った。


 違和感を感じて体を見てみると、皮が少し破れていた。


「なるほど。皮が水でふやけて、破れやすくなったのか」


 そもそも、こうやって脱皮するものなのかもしれない。


 そうと分かればと、積極的に身体を石や木の根に擦りつけた。


 皮のほとんどが剥がれると、もう一度水たまりに入って身体に切れ切れ残った皮をふやかし、完全に皮を取った。


 うむ。爽☆快☆。


 レベルアップによって、間違いなく力が上がっている。今なら小魔鼠なら一噛みで殺せる気がする。早く動こうとすれば、今までより素早く動ける確信もある。


 身体も一回り大きくなった気がする。こんなに早く成長出来ているのは《恵体》の恩恵か。


 皮が剥けたり大きくなったり、とんだ卑猥な生き物である。フロイトが俺を性的な目で見るのも頷ける。


 そんな目で見ないで!


「…………」


 ……ちょっと休んで腹の中消化したら、また狩りに出よう。



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