第7話 はぢめての狩り




 ピット器官もとい『第三の目』で見てみると、ネズミの形状をしたものがいた。《解析LV1》だからか、普通に蛇の機能で見た方が詳しくわかった。見逃しそうだから使っていたけど。


 ネズミの大きさは、そう大きくない。太さが俺の頭より少し大きいくらいだろうか。《隠密》のスキルのお陰か、あちらは俺に気づいていないようだ。


《解析》した時点で俺は腰? というか全身を左右に振って進む蛇行を止めていた。息を潜めて、ただただ『第三の目』で様子を伺う。


 ネズミは小さく進んでは止まり、周囲を見渡してはまた小さく進み、また周囲を見渡すというのを繰り返していた。


 ……状況としては、俺と同じなのかもしれない。


 何度か見た足跡よりも、ネズミは小さいようだった。生まれて間もなく、外敵に怯えながらも食い物を探している。さすがに哺乳類なので、さっき生まれた俺よりは母親の庇護は受けただろうが、たどたどしい歩みには不慣れな印象を受けた。


 つまり、恰好の獲物だ。


 万全を期せば、ネズミが木の実か何かを見つけて食っている時が、狙い時だろう。しかし、俺も生まれたばかりの狩人初心者だ。時間をかければかけるほど、あちらに気配を辿られる恐れも大きくなる。そして、俺が俺を食う者に見つかるリスクも大きくなる。


 自分の細長い身体に問う。ここから飛びつくか? 届かない。そもそもどうやって食えばいいか? 噛み殺せ。外した場合は? 逃げられるだろうな。逃げられたら? 追いつけない。次の獲物を見つけるまでおあずけだ。


 自分で問い、自分で答える。最適解は、気づかれないように、一っ跳びで噛み殺せる間合いまで近づくこと。


 ゆっくりと近づいた。こちらが食おうとしているのに、食われる者のように緊張している。


 徐々に、徐々に近づき、自分のイメージで届く範囲まで来た。


 心臓がはち切れそうに鼓動している。目も第三の目も《解析》もネズミから離さないまま、心臓ってここにあったんだとどうでもいいことを考えた。


 ネズミが周囲を見渡す。小さく数歩歩いて立ち止ま、



    スキル《身体操作》発動。

    スキル《突進》を獲得しました!



 アナウンスが聞こえた時には、ネズミの腹に噛みついていた。勢い余って、ネズミのいた位置を噛みつきながら通り過ぎた。



    スキル《噛みつき》を獲得しました!



 アナウンスが続く。情報は助かる。これからは天の声とでも呼ぶことにしよう。


 突き立てた牙から、ネズミの血がしたたる。口に、ネズミの肋骨を噛み砕く感触があった。数度ビクンと跳ねるように痙攣し、動きを止めた。


 どうやらこの体は咀嚼を必要としないらしい。本能でわかったので、そのまま口の奥へと誘った。


 顎の可動域が広い。人間の時のように、骨と骨が組み合わさっているのではなく、伸び縮みする靭帯が顎を繋げているようだった。


 映像で見た知識がある気がする。自分よりも大きな肉を呑みこんでいくその摂理を、自分で体現していく。牙と口、咽や食道をこういう風に使うのか。



    スキル《丸呑み》を獲得しました!



 捕食者となる覚悟はしていたつもりだったが、実際に体験してみるのは、また違う。


「……ごちそうさん」


 とりあえず、初めての狩りは成功に終わった。




 はぢめての狩りからしばらく這って、感じる。


「重い……」


 体が重かった。かわいいネズミを殺してしまって気が滅入っているわけではない。前世から冷たい人間だったのか、蛇に転生して冷徹になったのかは知らないが、感傷に浸るのは数秒で終わった。


 腹が物理的に重いのである。


「まぁ、自分より質量デカいヤツを入れてるしなぁ」


 物理的に仕方ないことだが、移動するのも億劫だった。


 そもそも、消化し切れていないままの移動自体が悪手だろうと思いなおし、木の根を探して鎮座した。


「そういや、蛇って小食のイメージあるなぁ」


 何日も何週間も食わないのは、おかしいことではないという知識がある気がする。しかし、通常の蛇として生きていいものか。


 出来る限り早く成長したい。しかし、その成長の仕方が把握できない。レベルがあるからには、経験値を積めば強くなるのだろうが、大きくなるには質量ある栄養素が必要で、食わなければならない。


 レベルが上がれば勝手に大きくなるかもしれないが、食わずに殺し続けるのもいかがなものかと思う。


 前世の知識にある『モッタイナイ精神』が魂まで根付いているようだ。貧乏性ともいう。


 どうしようもないことなので、反省すべきかも迷うけれど。腹の中のネズミを狩った時には、まるで周囲を気にしていなかった。


 世界には俺とこのネズミしかいなかったのである。スキル《驚異の集中力》の恩恵であるかもしれないが、おそらく鳥か何かに襲われれば一撃で死ぬリスクを持つ俺には、弊害でもある気がした。


 首をもたげて上を見上げ、鬱蒼とした森を視界に入れる。


 木の実を食っているところを狙いたいと考えたが、ネズミを食っている俺を狙いたい者がいる可能性も、当然ある。


 運良く近くにいい感じの木の根があったからよかった。頭を地面の柔らかい部分で左右に振って少し掘り、身を隠している。ここなら《解析》と『第三の目』で警戒していれば、急襲は避けられる気がした。


 消化中で動きが鈍い今、襲われればひとたまりもない。


 身重の危機感はあれど、それでも胃に物が満ちていることには幸福を感じる。少なくとも近々に餓死することはないという安心感だろうか。


 ちょっと消化を早められないかと思って、胃があるあたりに力を入れてみた。


 パキパキと、胃の中のネズミの骨が折れるのを感じる。


 おぉ。これでちょっとは消化を早められるかもしれない。身重の状況を早く脱することが出来るなら、いいことだろう。


 ほ。


 ほ。


 おりゃ。


 繰り返す内に、骨の音がしなくなった。肋骨とかはバラバラに砕けたのだろう。自分の腹を見てみると、膨らんでいるがかなりスリムになった。肉もある程度溶けてそうである。


 ……うわ、グロい想像しちゃった。


 蛇として楽な体勢を探すうちに、とぐろを巻く姿勢が楽だと気が付いた。何かあった時も瞬発的に動きやすそうだ。


 しばらく周囲を警戒しながら休んでいると、あ消化終わったわ、という感覚があった。



    スキル《消化能力LV1》を獲得した!



 消化もスキル扱いらしい。



    《消化能力LV1》はスキル《焦土の吸収力》により、

    《消化吸収能力LV1》に変化した!



 お、何かスキルごと変わった。



    《消化吸収能力LV1》により《小魔鼠》の《瞬発LV1》を獲得した!



 ほうほう。どうやら、消化することで相手の能力が手に入るスキルらしい。スキルだけでなく、心なしか体が敏捷性を増した感覚がある。自分に《解析》を使い、ステータスを確認してみた。



  《??? ♂》

   ステータス

    LV 1

     激弱


   状態

    生まれたて



 腹立つなこいつ。


 数値化されていれば比較もできるだろうが『激弱』と『激弱』では比較のしようもない。《解析LV1》なので、レベルが上がると詳細もわかるようになるのかもしれない。


 まぁ常に警戒はしていくつもりだし、狩りと食事を続けていれば勝手に上がっていくだろう。


 しかし予想はしていたが、ネズミはモンスターだったらしい。名前は小魔鼠。多分っていうか、確実に俺もモンスターなんだろう。名前は知らん。消化が終われば名前もわかりるようなので、自分と同種の蛇を食えばわかるかな。


 自分自身の情報が、かなり不足している。小さい魔鼠より細いから、サイズ的には小さいんだろうけど、それも今やっと確認できた。ぶっちゃけ、視力は人間としての色覚の知識にもかなり劣るから、俺今、自分の色もわかんないんだよね。


 さて、消化も終わったことだし、食う度に強くなれることがわかった。


 幸先良くはぢめての狩りも成功したことだし、もう少し狩りを続けてみよう。


 俺は第三の目と《解析》を使い、舌をチョロチョロと出しながら木の根から出た。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る