第4話 と、はじめましての邪神




 この白い空間で、なお白さを強調する純白の衣装。


 細く、波立った金糸の髪。その頭上には碧の宝石が映える銀色のアクセサリー。


 白くきめ細やかな、整った顔。 


 悲しみを湛えるように濡れた瞳の、垂れ下がった目の美しい姿。


 記憶が呼び覚まされる。


 この空間ほどではないが白い病院の、青い入院患者用の服を着た母の病室。父が置いていったライターを持つ僕。窓から飛び降りる母。窓から身を乗り出して叫ぶ僕。落ちそうになる僕の前に現れたのは――。


「……確かに、あんただった」


 ――思い出して、いえ、思い出させてしまいましたね。


 僕は顔を横に振った。


「いいさ。それで、俺は今日まで生きてきた」


 その人生も詰んでいた。顔を曝して働けない僕は今の資金が尽きると終わってしまうので、大きく投資はできなかった。ローリスクローリターンで小銭を稼ぎつつ、孤独を埋めれない人生が続いて、独りで老いて死んでいく未来しか見えなかった。


「さっさと転生やらをさせてくれ。今の記憶や性格を、受け継がせてくれると嬉しい」


 女神は、悲しそうな顔で微笑んだ。


 ――ええ。前世は悲しい記憶も多かったでしょうが、役に立つこともあるでしょう。勇者として生きる中で、人と関わる喜びは十二分に得られますよ。


「そう願うよ」


 ――では始めます。勇者として選定されるまで、今の魂に合った家に生まれて子ども時代を過ごすことになるでしょう。今の魂が持つ能力や称号も受け継がれます。


 あなたの生業からすれば、商人の家にでも生まれそうですね。戦い方からすれば農家で授かる《大地母神の加護》も合いそうですがと、女神が言って僕を両腕で包む。内面――魂に直接触れられるような、こそばゆい感じがする。あぁ、何かが流れ込んでくる。



    ■■■は《勇者適正》を獲得した!

    ■■■は《戦闘の天才》を獲得した!

    ■■■は《武器技能適正》を獲得した!

    ■■■は《魔術技能適正》を獲得した!

    ■■■は《輝く英雄性》を獲得した!

    ■■■の《幸運》が最大値になった!



 なるほど、これが勇者になるべく与えられたもののようだ。さて、俺の性格や性質からすれば――、



    ■■■の《分析》がスキルとして発現した!

    ■■■の《計算》がスキルとして発現した!

    ■■■の《精力絶倫》がスキルとして発現した!

    ■■■の《観察力》がスキルとして発現した!

    ■■■の《器用な指先》がスキルとして発現した!

    ■■■の《滑かな舌》がスキルとして発現した!

    これにより、■■■の《淫蕩の血》がスキルとして発現した!

    これにより、■■■の《身体操作》がスキルとして発現した!

    同じく■■■の《感情操作》がスキルとして発現した!



 どういうことか。そういうことだろう。

 女神も苦笑いしている。



    ■■■の《武道の素養》がスキルとして発現した!

    ■■■は《武を愛する者》の称号を獲得した!

    ■■■の《恵体》がスキルとして発現した!

    これにより、■■■は《武神の加護》を獲得した!

    ■■■は《与えられた者ギフテッド》の称号を獲得した!

    ■■■は《奪われし者》の称号を獲得した!

    これにより、■■■は《翻弄されし者》の称号を獲得した!

    ■■■の《逆境耐性》がスキルとして発現した!

    ■■■は《抗う者》の称号を獲得した!

    ■■■は《切ない旅人》の称号を獲得した!

    ■■■は《覆う者》の称号を獲得した!

    これにより、■■■の《隠密》がスキルとして発現した!

    ■■■は《憎む者》の称号を獲得した!

    ■■■の《絶対の復讐》がスキルとして発現した!

    ■■■は《復讐者》の称号を獲得した!

      復讐対象――『前世の世界』『切なさの女神』

    ■■■の《陽の当らぬ闇》がスキルとして発現した!

    ■■■は《深き闇の者》の称号を獲得した!



 ……まぁ、そうなるんだろう。


 ――え? こ、これは!?


 女神は俺の魂に触れたまま驚いている。騙すつもりも、欺くつもりもなかったのだけれど。



    ■■■は《神を欺く者》の称号を獲得した!



 まぁ、勇者として転生させられる話を聞いてからは、欺くつもりはあったかな。ボロが出なくてよかった。


 ――ど、どういうことです!?


「どういうことも何も、俺がそういう人間だったというだけだよ」


 ――あ、あなたは! 逆境にもめげず、修学と鍛錬に励みながら苦難と立ち向かう――、切ない人ではなかったのですか!?


「切ない人間だっただろうさ。復讐しようにも出来ず、日々蔑まれることで憎しみを募らせ、それを晴らすことが出来ない」



    ■■■の魂の適性は《魔族》です。


    《魔族》として転生しますか?

      YES   NO



「おあつらえ向きだな。YESで」


 ――おやめなさい! 選択を撤回!



    選択の撤回は認められませんでした。


    ■■■は《魔族》として転生します。



    今の記憶を保持したまま転生しますか?

       YES   NO



 ――NOよ!


「YESだ」



    記憶の保持は認められませんでした。


    魂は引き継がれます。


    転生の処理に移ります。



 ――なぜよ! あなたは母親を喜ばせるために、自分の顔を焼いた悲壮の子でしょう!?





        ねぇおかあさん、勉強頑張ったよ! 僕が学校で一番成績いいんだよ!


        ねぇおかあさん、空手の大会で優勝したんだ!


        ねぇおかあさん、どうしたら喜んでくれるの? 笑ってくれる?


        ……ねぇおかあさん、僕のこと嫌いなの?


           「あなたの顔は、お父さんに似てるから」





        ねぇおかあさん! 見て見て! 顔をライターで焼いてきたんだ!


           「あら? ふふふふふ」


        笑った! よかった! すごく痛かったけど。今日ライター持って来たんだ! もっと焼いてみるね!


        熱い、痛い、痛い、熱い。でも、おかあさんが笑ってくれるなら!


           「…………」


        おかあさん? ねぇおかあさん、何で泣くの?


        おかあさん? そっちは窓だよ? 危ないよ!


        おかあさん!!





「だから、歪んだんじゃないかな?」


 ――くっ! 転生中止! 処理割込み! 中止!



    受理されませんでした。


    残る処理は転生後のランクのみです。



 だんだんと意識が朧げになってくる。自分の手を見てみると、徐々に分解されているようだった。転生が進んでいるらしい。


「アンタへの恨みも、アンタが思い出させたんだ。それにどうやら、俺が知らない恨むべきこともあるんじゃないか?」


 ――っ! ランクを最下位のAランクに設定! Aランクで固定!


 薄れゆく意識の中で言葉にしたが、女神は僕の弱体化に必死なようだった。もう、意識が消える。



    Aランクに設定しました。Aランクで固定しました。



 ――よし! いくら能力や称号に恵まれても、これで世界に影響を及ぼす存在にはならないわ!



    ■■■を邪神が見ています。


    ■■■は《邪神の加護》を獲得しました。


    邪神が■■■の《ランク固定》を解除しました。


    ■■■は《善悪に愛されし者》の称号を獲得した!


    ■■■に《善悪の天秤》が追加されます。


    邪神が■■■の管理を放棄しました。


    条件―《二柱の神の管理を離れる》達成により《翻弄されぬ者》の称号を獲得。


    下位称号―《翻弄されし者》が解除されます。


    以降、■■■が魔族である限り、女神は■■■に干渉できません。



 ――嘘よ……! 何であなたが!


 【こちらの方が、面白かろう? どちらに転ぶにせよ、こやつ次第よ】


 ――勝手にこの空間にっ! 消え失せなさい!!


 【ふはははははは! さらばよ、切なさの!】



    転生が完了しました。


    ■■■は《魔性の蛇》として転生します。



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