第2話 自己の満足
彼は劣等感に苛まれていた。
もはや焦燥感なんてものはなく、ただ日々を無為に過ごすことへの劣等感、将来への不安がひたすらに彼の心を支配している。
深夜までインターネットの海に溺れ、おそらく同級生が投稿するであろう時間に、現実から逃避するように眠りにつく。
これで良いのだろうか。
いや、良いはずはない。
じゃぁどうすれば良いのだろうか。
どうしても良いはずはない。
どうなれば良いのだろうか。
どうなっても良いはずはない。
彼の中の自分はいつだって否定的な言葉を投げかけてくる。
しかし、それは彼の行動や状況を極めて冷静に分析し、彼に現実を突きつけてくる。
そんな自分と彼の日々の問答は止まることはない。
君はそうやって俺と話すことで希薄な人間関係の穴を埋めて満足しようとするわけだ。それはかなり自分本位なことだ。君みたいなのは何の生産性もないから早く終わったほうが良い。
そんな自分から投げかけられる言葉に彼は何の返答をすることもできない。
そんな彼は日々、自分に会わないために、日の多くを睡眠に充て、起きている時間は酒を飲む。そうして思考を緩め現実逃避を行う。
それが間違っていることであると考える認識すら自分から奪うことで何とか彼自身を保っている。
親族は彼を可愛そうな人だと憐む。
その憐憫の情は彼の心を深く傷つけた。
こうして傷だらけになった心からは血が溢れ、瘡蓋すらできず、癒えることなく、彼を傷つけ続ける。
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今日も夕方と言うには遅すぎる時間に目を覚まし、コップ1杯の水を飲み、味のしない飯を食らい、コップに水を注いで部屋に戻り、液晶に向かう。
何百回と繰り返された洗練された動きである。
彼は自身の状況に劣等感を感じている。
今の状況は世間一般で言うニートという枠組みである。
そんな不名誉で蔑むべき象徴出る存在に彼が成り下がったことは彼の高すぎたプライドを完膚なきまでに破壊した。
しかし、彼と自分の考えでは、一度地に落ちた人間がはいあがることはほぼ不可能であったとしても非常に稀な物であるという考えだ。
今日も愛されない。
彼はそんなことを考えながらウィスキーを喉に流し込む。
喉が焼ける感覚。
これが彼から思考を奪っていく。
そんな彼の元に珍しいメッセージが届いた。
「久しぶり。今何やってんだ?もしよかったらバイト足りてないから働いてみないか?」
社会から隔絶され、自分自身としか会話をしてこなかった人間にバイトなんかできるわけがないだろう。
自分の考えは辛辣だった。
しかしそれは極めて冷静に自己を分析しているように思えた。
でも、少しでもこの生活から脱却できないかな。
脱却できるわけがない。いくら君が働いても俺の社会の評価は一切変わらない。
時間を無為に過ごした非生産性の塊の脛齧りだ。
彼はいつものように自己問答を繰り返す。
彼の根底には人と関わることへの恐怖心がある。
しかし、酒によって判断力を失ったためか、彼はほぼ無意識に、そのメッセージに返信をしていた。
「久しぶり。バイト探してるからぜひ紹介してくれ」
翌朝彼は判断を呪った。
自分の言うことは厳しいほどに正しい。
いきなりこんな彼が社会に出ることそれ自体が無謀であることは言うまでもない。
「こんにちは。高橋君が紹介してくれた××君だね。面接の希望日程はいつが良いかな。」
このメッセージを見て彼は現実に引き戻される。
どうしてしまおうか。
メッセージだけの希薄な繋がりであれば、このまま見なかったことにするのは容易い。
気づけばメッセージを開いてから二時間ほどが経過していた。
「こんにちは、ご紹介に預かりました××です。面接についてですが」
ここから先が一切進まない。
自分と彼の問答は熾烈を極める。
君なんかが成功できるわけがない。まして接客業だ。なぜそんなに働きたいのかがわからないが、失敗してこれ以上俺のプライドを失墜させるよりも、工場とか人と関わらないバイトから始めるべきだ。
でも、せっかくの機会なんだ。
機会?今までにいくらでもあっただろう。それを不意にしてきたのは君自身。君の根底には働きたくないと言う気持ち、人と関わりたくないと言う気持ちがあるのは自明だろう。急に働いて自己を満たそうとうるな。
ああ、そうだ。そうだとも、ただ人は自己満足のために生きている。それについて君に批判される筋合いはない。
笑わせるな、どうせ長くは続かない。せいぜい自分の無力さに失望すれば良いさ。もう俺は君には飽き飽きだね。
そういうと、自分は思考からフェードアウトしていった。
「……いつでも大丈夫です。お願いします。」
そんなメッセージは何だか彼が新たな1歩、なんて言うにはおこがましいかもしれない、半歩かもしれない。しかし、少しだけ彼を前向きにすることができた気がした。
彼が我となるまで あると @alt2533
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