彼が我となるまで
あると
第1話 彼
物語の終わりはいつだってクライマックスだ。それと呼ぶに相応しい。
自己中心的を非難する人は多くいるが、自分の生きる世界の主人公は結局自分自身なのである。自分が終わった時点で物語は終了なのである。その考えをも自己中心的であると非難されるのだが。
世界は排他的である。
王道を外れたものを蔑み、自己より劣るものを見て優越感を抱く。反吐が出るが自分自身もその一員であるということに自己嫌悪が止まらない。
王道を外れる要因は様々である。
それが学業の道のことであるか、過ちのことであるか、はたまた生来のハンディキャップのことであるか。
いずれにせよ、王道を外れた者の未来には濃い暗雲が立ち込める。
そんな私も「王道」を外れた者であり、物語に幕を下ろそうと、今正にドアノブにかけた縄に手を掛ける。
頸動脈が圧迫されて視界が白む。
心地良い感覚である。
視界の端には、銀行口座の暗証番号や、親しい人への書き残しがある。
ああ、いよいよ終われるのだと、物語のクライマックスに高揚感を覚える。
ここが19年のクライマックスシーンである。
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認知できなかった。
次に意識を持つことはないはずであった。
最期の場所から俺は全く変わらない。
しかし決定的な違いは足が地面についてしまっていることである。
その事実を認知した瞬間、頬を涙がつたった。
失敗したのだと。
物語は長い物で、人生100年時代とすら呼ばれる。
俺はその100年間の下地を作ることに失敗した。
それは未来を悲観させるのに十分なことであった。
しかし、始めた以上終わることは難しいのである。
「ははははははははははははははははははははははhahahahahaaaaああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
慟哭は独りの終わり損ないのいる部屋に響き渡る。
彼はそれ以上の言葉を発することができなかった。
食事は無論喉を通らない。跡が残る首をさすりながらぬるい水をいっぱい流し込む。
あの日以来どうも茫然自失としている。
考える気力が湧かない。
しかし、ネガティブな事象については嫌というほど考えが浮かんでくる。
その思考を紛らわすために寝床に入るのである。
そんな生活をいつまで続けただろうか。
よくもまぁ、こんな向上心がない者を家族は家に置いてくれたものだ。
大学に落ちてから彼の性格は一変してしまった。
彼は一日中現実逃避のために惰眠を貪り、1日1食の飯を食べ、携帯端末に向かうのである。
今日こそは必ず何か始めてみよう。
そんな意志すら湧かない彼はもはや病人と呼ぶに相応しかった。
一日中この世の理不尽について考えることに耽り意味もなく自問自答を繰り返す。
視界には懐かしい縄がある。当時の様子のまま放置されている。あれを見ると彼はあの時のことを思い出す。まさに人生のクライマックスだった。しかし、二度目はなかった。
彼は思考では心地よい物であると理解しながらも、本能が拒否しているのである。
部屋はやはり当時のままだ。
机の上には一枚の紙。最後に署名されているのは 『××× ××× 令和元年 3月15日』当時の日付のまま時間が経過しない部屋は彼だけを包んでいる。
「×××君、お久しぶりです。お元気ですか?今度一緒にお食事でもいかがですか?私とあるビジネスを始めてからとてもお金があって、是非その話がしたいから都合の合う日を教えてもらえる?」
SNSは目だけ通すが、彼に届くメッセージはどれも彼の感情を動かすには至らない。
そんな彼もいずれは社会に放り出される。
彼はその事実をいたく悲観している。
彼は失敗したのだ。
遠回りが許されないキャリア世界でドロップアウトをしてしまったのだ。
彼にはもともと何の特技もない。
中学は帰宅部、高校は陸上部でそれなりの成果はあげたが、大学へ推薦入試で入るほどではなかった。そんな彼のアイデンティティが勉強なのである。
彼は必死に勉強をし、ついには学年1位にまで上り詰めた。
そこまでの努力の過程で、彼はあまりに多くの人を見下した。
あいつは俺よりもできない、こいつもだ、こいつもだ。
そうすることでしか彼は日に日に肥大する自己の承認欲求を満たすことができなかった。
先生は受験は団体戦ですと言った。
しかし彼にはその言葉が理解できなかった。
受験は個人戦だろう。こいつらは全員俺の足を引っ張ろうとする敵。
その他者を卑下する思考は自身のプライドを日に日に高めていった。
彼はもはや学歴という観点でしか人を見れない、そんな価値観の怪物となっていた。
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