大ピンチ!? フレイアスター一家誘拐失踪事件!!

 ■ コヨーテさんの達救便♪

 サラキア中央公園 被災者支援イベント会場

「特権者退治ならコヨーテさんマークの達救便よ♪」

 CMが終わると泉の水面は、目をまるくしたままの妖精たちを忠実に再現した。茫漠たる風が森を駆ける。

「ママ、大活躍じゃん♪」エスニックな顔立ちの妖精少女。おねえさんっぽくエプロンドレスを着こなしている。

 Astralgrace(アストラルグレイス)と刺繍が入っている。

「コヨーテさんはしゃぎすぎ。CMまで作っちゃって。もはやスパムね」

 落ち着いた口調で応える丸顔の少女。白夜大陸条約査察機構と刻印された長身のライフルを携えている。

「てゆーか、はじめて見たよ。量子チューブ放送」

 木陰で羽根を休めているあどけない顔立ちの少女。腕にSandersonia(サンダーソニア)と刺繍。

 なにごともなかったように妖精メイドサーバントたちはケーキを焼き始める。鼻の下を長くした客層相手の募金活動は順調だ。

 と、何かが少女たちの目前をかすめた!

 ぶぅーん。唸るライフルで宙を滅多切りにする丸顔少女。

 世界が明滅をくりかえす。ばらばらと散らばる薬莢。

「おかーさん!」 おねえさん風妖精がスカートをたくし上げる。

 ひきしまった太ももがあらわになる。爆風に煽られ、スカートの中が丸見えになる。脚の付け根に沿った浅いラインのおへそから下を覆うブルーのショーツ。白いラインが2本入っている。

 羽根のある妖精は長いズボンをはくことができない。ベルトで羽根をいためてしまう恐れがあるからだ。水に落ちたとき、脚にまとわりついて溺れたり、首を絞める恐れがある。そこで普段は肩紐がないブラとショーツというほとんど水着に近い格好がデフォルトになっている。

 しかし、一般人と一緒に暮らすと自動ドアで後ろ手に羽根を挟んだりするので、やっぱり女性用の服が主流だ。羽根の出し入れが便利なように背中に穴の開いた服もあるにはあるが、羽根の種類に個人差があるので軍の統一規格というわけにはいかない。

 妖精服は非常に高価なのだが、大量仕入れの官給品なので安い。

 水際で敵に襲われてもすばやく飛べるように軍の規律では、下着代わりに常にセパレートの水着を着用。大き目のシャツとショーツで羽根をすっぽり覆うように着用して、その上にワンピースなりスカートなりを着用するのがしきたりだ。

 そして、いざとなれば素早く破いて羽根を出せるよう趣向が凝らしてある。水兵のセーラー服の胸元が水に落ちたとき破きやすいように切れ目が入っているのと同じ理由だ。軍のショーツにもサイドラインが入っている。

「はっ、何を熱く語っているんだ……」

 少女達の太腿に焦点を当て続けていた記者が我に返った。


「観測攻撃!」

 脚に貼り付けていた筒状の物体を引っぺがし、覗き込む。

 煉瓦造りの小屋が崩壊する。焼け焦げたテーブルクロスがあざけるように宙を舞う。角砂糖となって落ちる。

「特権者?」

 羽根を休めていた少女がつぶやく。

「そうよ。いきなりテーブルクロスが襲ってくる確率って何億分の一かしらね」

 はぁはぁと肩で息を整えつつも淡々と応えるシア。

「それを百パーセントにする敵。特権者」

 グレイスがあごをしゃくる。

 無残に欠けたグラスから青い液体がこぼれる。

「ここは最前線なのよ。あれから目をはなしちゃいけないんだから」シアはソフトな語り口で片付ける。


 海王星以遠のエッジワース・カイパーベルトと呼ばれる空域には、冥王星を含めたある程度まとまった大きさのキュビワーノ族に分類される天体が点在している。ここの地価が高騰している理由は1つ。アステロイドベルトに頼らずとも独立した資源が得られ、月や火星の植民地にありがちな近親憎悪的なヒステリーが原因の独立戦争の恐れがないからだ。20世紀の古典空想文学でさんざんシミュレーションし尽くされた結果、戦争で浪費されるであろう資源はさっさと外宇宙の開拓に回されてしまったのだ。 さまざまなベンチャー企業が軒を連ねているクイーン・オブ・ハートは冥王星よりも大きいキュビワーノ族天体だ。歴史の貸し冷蔵庫として、世界遺産がここに集まる。


 サラキア中心街。ドイツの古城ノイバンシュタインを再現した広大な森の上を似つかわしくないジェット戦闘機が飛び交っている。

 貨物船強奪事件の余波で、サンダーソニア航空隊が戦闘哨戒飛行(CAP)を続けている。

 海王星政府の面子にかけてもイベントの邪魔はさせない。

 キャノピーがスライドし、後部座席からエプロンドレス姿の少女が乗り出す。背中が大きくあいた薄いブルーのサマードレスだ。

 白いパラシュート、いや、もこもこした雲が少女の背中から立ち上り、Wの字型にひらく。

 突き飛ばされるようにどさりと降りる。スカートがふうわりと舞い上がるが、気にしてない様子。大きくヒップを覆う黒い下着。白い布がすそからわずかに覗いている。

「いわゆる見えてもOKいう奴だ。残念(何が?)」

 先ほどのエロ記者がボソボソと生配信している。


「地球からのお客様ね。うえるかむ・あぼーど♪ たんとめしあがれ♪」

 シアがビールと黴だらけのチーズを配る。

「イエスターイヤーBB!(Bound Beyond Yester Year!)社が大量破壊兵器を保有するという確かな証拠は?」

 プレスの腕章をつけた壮年の男が黒ビールを啜りながら尋ねる。

「多世界解釈をご存知でしょうか?量子力学でいう。世界がゆらいでるかわりに、別バージョンの世界がたくさんあって 現実と重なり合って……」

「いわゆるコペンハーゲン解釈と対立する学説ですな。ええと、無数の別世界、パラレルワールドがこの世の隣にあるという」

「ええ、別世界。それ自体は問題ないのですが、たとえば、アンテナやレーザーを別世界に多数配置することもできるわけですよね」「多世界解釈レーザー?まさか、それは飛躍しすぎでしょう。確かにYYBB!は大出力の惑星間送信施設を所有していますが……」

 男は地球の大手通信社アレフ・ライラの特派員だ。世界規模のネタを扱う立場上、公平性が強く求めれる。

 最近の世論はハンターギルドの強引なやり口に批判的だ。大量破壊兵器認定を正義の御旗にして、小惑星一つぶっ飛ばすくらいの事は平気でやる。査察されるべきはギルドだという声もある。

 今回、シア・フレイアスターがやろうとしている査察ハントは社会の公器たる報道機関に対する物だ。

 言論の自由が生命線であるアレフも他人事ではない。だから、シアの行動は慎重に監視せねばならない。

「それを過去に向けて撃つことが出来るとしたら?」

 シアは自信たっぷりに査察の根拠を述べる。

 男も馬鹿ではない。この量子力学がはびこるご時勢にコペンハーゲン解釈の何たるかも知らずにビジネスは出来ない。

「ファインマンダイアグラムですか? 確かに先行波は存在しますが、因果律はどうなりますか。熱力学の第二法則は散逸の逆転を許さない」

 男は口角泡を飛ばして反論する。

 空中を飛ぶ唾液の飛沫が、静止した。

 凍てついた時間の中を自由に飛び回る生き物がいた。

 貨物船の男に手助けをした、あの妖精だ。

「あんたの言う通りよ。シア。あんたがあの時、強引な査察をしかけたせいよ。だから、たっぷりと浴びせてあげる」

 妖精は憎しみを込めた顔でシアを睨み付けた。

 ふっ、と彼女が消えると、この世のすべてが眩い光に呑み込まれていった。

「多世界解釈レーザー。照射成功。ターゲット、シア・フレイアスターの人生は終了しました♪」

 うふふ、あははと無邪気な笑い声がこだまする。それは勢いづいて、狂人の叫び声に変わった。

 ……そして、時が何事もなかったように歩み始めた。



「あれ?」

 我に返った男の前には、さっきまでインタビューしていた女の姿は無かった。

 ただ、セミの抜け殻のようになったエプロンドレスが一式。

「むっ!」

 彼の顔に生暖かい布きれがぶつかった。視界が塞がれ、鼻腔に異性の体臭が広がる

「誰だ?」

 いたずらかと思って、布をひっぺがす。

 クシャクシャに縮れた濃紺の女物下着。

「ぶ、ぶるま?」

 さぁっと空気が震え、スカートやドレスが舞い上がり、ピンク色のレオタードやベージュ色のアンダーショーツがこぼれ落ちる。

「何なんだ?」

 彼が周囲を見回すと他にも脱ぎたての衣類―メイドサーバントが着る体操着やセーラー服の山が二つあった。

「オーランティアカの姉妹はどこへ行ったんだ? ……って誰だっけ?」

 男は記憶喪失者のように突っ立っている。

「馬鹿、カットだカット。CM行け」

 慌てふためいたディレクターが男をカメラの視野から連れ出した。

「……って、何やってんだ俺」

 見覚えの無い脚本が手元にある。

「シア・フレイアスター〜査察機構の横暴をあばk…?」

 彼が見ているそばから、題字が書き換わっていく。

「シナモンパンティーとパンツキンパイ 盗撮機械大暴走であばけ? ……そうだ、ぱんつだよパンツ! 何やってんだ。おまいら! ぼーっと突っ立ってないでパンツ撮ってこい」

 だらけていた撮影班に罵声が飛ぶ。

「きゃ〜〜」

 メイドサーバントたちの黄色い声が響く昼下がりであった。


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