異世界召還と惑星カシス大爆震
■ 異世界召還と惑星カシス大爆震
カシスシティ グリニッジ標準時午前五時。
五連休最後の夜は怠惰の底にどっぷりと沈んでいた。祝日は今日でおしまい。それは判っているが、動かない事実を頭の片隅において、もう一日休みたいと願うのは人間の本能だ。
「それ」は文字通り鳴り物入りで始まった。犬たちは本能的に異変を察した。悲痛な大合唱が寄せては返す波のように街を覆った。
「それ」は満を持して襲いかかって来た。
連休明けの早朝。コタツも無い部屋で二十代前半くらいの青年が毛布一枚で震えている。凍りついた闇から少しでも暖を奪還しようと、彼は寝返りを打った。
ビリビリとガラス窓が揺れている。
「また地震か。ふん、どうせ大したことないんだろ」
起きぬけの幼稚な判断力が下したとおり、振動はいったん小康状態となる。
この星は地盤がしっかりしている。 そんな神話を安全毛布にして心地よさの続きを味わおうとした油断した隙に、咆哮が喰らいついた!
巨人に振り回されるような浮揚感。家がぐるぐる旋回する。 ぐっと胃酸がこみあげてくる。
ごぉっ、と台風かと錯覚するうなりと、表通りを駆け抜ける複数の金属音。 ここは嵐に揉まれる船内ではなく、いまは真冬なのだという現実が、わずかな願いを打ち砕く。 すべてが崩れ落ちる音に、カラン、コロンと材木が転がる響きがときどき混じる。
不意に吐き気をもよおした。かっと身体が熱くなり、後頭部に激しい痒みを覚える。 痒みがしびれから激しい頭痛に変わる。
スローモーションでゆっくり、ゆっくりと本を撒き散らす棚が視界をよぎる。 世界が点滅している。
「核攻撃? 港を狙ったのか?俺の身体は……俺の身体は灼かれたんだ!」
彼は自分の身体がじわじわと皮膚が爛れ、腐れていくイメージにおののく。
と、突然、世界が割れた。漆黒のとばりに圧迫感が加わり、閉塞感を増す。体が動かない。
空耳だろうか?
すぐ近くで若い女が言い争う声がする。
無残にとっ散らかった部屋の片隅に、ぼうっと四角い影がせわしなくが踊っている。
「テレビ? どっから湧いたんだよ?」
画面がぐんぐん彼に接近して自分の視界と二重写しになった。
『アリョーシャ、《遅延選択》ウィザード! 急いで! 二分後に余震。来るわ! マグニチュード4.9! 震源、アスパール岬。直下よ!……死亡予定者千名!』
わけの分からない会話が聞こえる間にも家々の軒先が震えている。
『間に合わないよ! らみあ』
『ぎりぎり! ぎりぎりまで、スキャンして!!』
両眼を見開いたまま布団に横たわる少女。右腕をまっすぐのばしたまま、うつろな目で道端に倒れている老人。
アリョーシャと呼ばれた女性の視点は容赦なく犠牲者を切り捨てていく。
『生存者一名発見。クロエ中央通りのカフェレストラン。だめ! 両隣から火災発生』
世界があかあかと自己主張を始める。
『対象者の大脳微小管をスキャン。エヴァネッセンス光、記録開始!』
かしいだ木造の家々から、うっすらと湯気が立ち昇る。
『EPR量子相関、イン・コヒーレント!』
急激に吹き込んだ酸素がくすぶっていた屋根を吹き飛ばす。
どおん!
『ペンローズ量子脳モデルに同期! 間に合え〜!』
昨日まで平和だった商がオレンジ色で塗りつぶされる。
アーケードの天井パネルが熱膨張についていけず、一気に割れる。
加重に耐えかねた支柱が、手ごろな建物にのしかかる。
老婆の絶叫が民家のベランダごと剥がれる。物干し竿がへし折れ、洗濯物をまき散らす。 シーツ、ベランダ、一気に火が回る。
『スワンベーカリー大破! アリッサ・ズズロフ、死亡。らみあ急いで!』
『アクロマート対物レンズ、位相シフト量、正常! アッベ数一致、よし来た! ターゲット・ロックオン! 行ッけえええぇぇぇぇえぇぇぇァァアァ!!!』
部屋の壁が粉々に飛び散り、ひっぱたかれたような熱さを感じる。 咳き込もうとするが、胸の痛みが抵抗する。
『いい感じよぉ〜。メリジオナル波、純粋状態をキープ! ようし、そのまま! 』
『そうよ、いい子にしててね♪ 波動関数の収束まで、あと5、3、2、……』
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