エンゲージ・オン・リモート

 ■ ハイパーソニック・テロリスト


「私ども、ライブシップはカシス共和国政府と皆様の安全を護る契約を締結いたしました」

 シアが言うように国防費を惑星開拓にふりむけたい大統領としては賢明な策だ。外国に防衛を委ねるなど言語道断だという保守派を抑え込んだのも彼の手腕だ。ライブシップの戦闘能力は抜群で、一隻で恒星間渡航能力を持つ文明を灰燼に帰すなど造作もない。

 セルゲイ・ヤナハは手厚い社会保障を公約にして軍拡一辺倒の前職を打ち破った。「銃よりパン」をというわけだ。

 どうせ口先だけだろう。穢れた一族に大事な国を任せること自体が汚れている。だから、この首都ごと消えてしまえばいい。

 ナターシャの小指からドクトクと血が流れている。見事な魔法陣が出来上がった。あとは、照射準備完了を報告するだけだ。

 彼女は白魚のような細身を翻し、地下駐車場へ向かう。途中、非常階段で警備兵と鉢合わせた。真っ裸の小娘がいきなり現れたのだ。怯んだ隙に跳び蹴りを食らわせ、銃を奪い、一足とびに駆け降りる。

 コンクリートむき出しの地下駐車場に出た。装甲戦闘車が停まっている。排気口はまだ温かい。ナターシャは後部銃座によじ登った。12.7ミリの劣化ウラン弾を使うタイプだ。確率変動を操って弾薬室を開け、予備カートリッジを確認する。間違いはない。

 彼女は一つ拝借して運び出した。重い。ウランは地球上で一番重たい物質だ。悪態をつきつつ地面にそれを投げ出す。

 そして、特殊な詠唱を行った。彼女がささやくとケースの表面が歪み、ボコボコにへこんだ。

 彼女と彼女の一族しか読めない特別な配列に従ってケースが歪んだ。

 これでいい。あとは同胞が探し当ててくれるだろう。ナターシャは渾身の力を振り絞ってケースを両手で投げ上げた。

 着地までのわずかな瞬間に詠唱を唱える。

 呼応するようにかび臭い湿った地下室特有の空気が震え、ケースが波紋のようにゆらめいて、消えた。

 これでいい。まもなく破壊の魔晄が上空の妖獣もろとも全てを灰燼に帰すだろう。

 彼女が額の汗をぬぐうと同時に背中から銃口を突きつけられた。

 独立式典の目玉である観艦式は山場を迎えていた。

 強襲揚陸艦の隣に雲間を割って巡洋艦と航空戦艦が現れた。ぴたりと寄り添うように空中で静止している。

 カシスは三隻のライブシップを保有することになる。これで国防費の八割が削れるのだから安い買い物だ。

 司会者が壇上の女子高生を紹介する。黒髪のロングヘアが肩になびいている。頭上の艦がその実体というわけだ。

「アストラルグレイス・オーランティアカ。ギルド屈指の超長距離外洋クルーザー!」

 絶賛されてドヤ顔の少女が四方に頭を下げていると、警報が鳴り響いた。

「特権者の攻撃です! 御来場の皆様は係員の指示に従って下さい」

 飼いならされた家畜のように観客は順序立てて最寄りのシェルターに避難する。むしろ取り乱しているのは惑星外から来た報道関係者だ。

 厳戒態勢下で記念式典へのテロを許してしまえば軍縮を確約した大統領の失脚に繋がる。水面下で抑え込んで式そのものは平然と強行するはずだ。この騒動は演出ではないのか。そう考えて取材を続行する者もいて混乱の原因を作った。

 もっとも、その場で射殺されて事なきを得たが。

 ナターシャが細工した劣化ウラン弾ケースが会場の片隅にぽつんと現れた。もちろん、逃げ惑う人々は一顧だにしない。ウラン濃縮時の副産物である劣化ウランは天然ものより純度が低い。そして自然界に存在するどんな元素にもなりうる。

 確率変動が絶妙なバランスで施された弾薬は無数のナノマシンと化した。それらは周囲の物質を貪欲に貪り、虐殺に必要な道具立てを黙々と作り始めた。

 壁に幾何学的な紋様が浮かび上がる。それらは幾多の平行線で結びついて一つの回路を作り上げた。樹木が枝葉を張るように天井まで茂っていく。そして、光ファイバーケーブルに接続した。

 悪意はテラビットの帯域を埋め尽くし、惑星カシスの成層圏を迸る。海を越え、大陸の工業地帯になだれ込む。

 NC工作機が人間の意思を全て撥ねつけ、勝手に三次元プリンターを滑走させる。

 汎用リフトが工員を轢き殺し、完成したミサイルを軍用トラックに載せる。港には血まみれの兵員を載せたミサイル巡洋艦が待機していた。


 ■ エンゲージ・オン・リモート


 身勝手な取材班が列を乱したためにグランドは避難者で溢れていた。

「グレイスは観衆の収容を急いで!」

 シアが巡洋艦に人々を牽引ビームで回収するよう命じた。艦内にスキー場からプライベートビーチまでそろえた超長距離リゾートクルーザーは、充分な広さを持つ。

 つけ狙うかのように地平線に高速飛翔体が現れた。

「超音速巡航ミサイル?」

 シアは戦術情報装置を介して残りの一隻と情報共有した。

「カシス軍にない装備ね。軍縮をすすめる政権にそんな予算は無いはず」

 可愛らしい声が元気な声でつづけた。

「おか〜さん、これは特権者の仕業よ」

 襲揚陸艦に共同交戦能力を通して敵影が流れ込む。距離七千。着弾まで十秒弱。

「A2D2(接近阻止・領域拒否戦略)、発動!」

 少女は自信たっぷりに叫んだ。超音速攻撃兵器に対処するシステムは構築済みだ。

 惑星カシスの首都を臨む青々とした海。その超水平線上を可変翼戦闘機が哨戒している。

 大気圏外からの超長距離侵攻阻止能力に長けたアタックスーパートムキャットは接近する脅威をいち早く捉えた。

「巡航ミサイル。その数三百」

 戦術ターゲッティングネットワークを介して少女は事態を把握する。

 いわゆる飽和攻撃だ。物量で攻める力技である。深刻な状況にも拘らず彼女は落ち着いている。

「 海軍統合射撃指揮対空能力ニフカ始動、エンゲージ・オン・リモート!」

 刻一刻と書き換わる戦術情報マッピングシステムに状況を重ね合わせ指示を下す。既に記念式典ために上空をCAP(戦術哨戒)していた三個飛行隊が呼び戻される。

 アフターバーナーを一斉に吹かして対艦巡航ミサイルの群れに襲い掛かる。

 空対空ミサイルのアクティブシーカーが照準円に獲物を捕らえ、自爆特攻を仕掛けた。


 会場が一斉にどよめく。戦況を含めた一部始終がバックスクリーンに中継されている。敵影をあらわす点が一瞬で掻き消えてしまった。

 阿鼻叫喚に近い歓喜をクッションにして三隻の宇宙船がしずしずと着地した。あっという間に黒山の人だかりができる。

 司会者が航空戦艦の名前サンダーソニアを紹介しているが、やかましくて聞こえない。


「わたしたち、白夜大陸条約査察機構は国連大量破壊兵器撲滅委員会のもとで、みなさんと一緒に特権者の手に落ちた大量破壊兵器のかずかずを摘発してまいります。これらの中には正体不明の危険な奇想天外兵器もたくさんあるとの報告を受けています。 ソニアたん、しっかりまもってあげてね〜」

 シアは、中学一年生ぐらいの少女を抱き寄せて、笑顔を振りまいた。

 戦闘純文学者はどこへ行ってもロックスターだ。



 取調室の窓を通してナターシャは任務の完成を悟った。歴史に残る花火を打ち上げた達成感ですがすがしい気分だ。後世の同胞たちはこの史実をトリガーにして本作戦を発動するはずだ。

「何をにやけている?」

 屈強な取調官がデスクライトでナターシャの顔をあぶる。

 ああ、この燃え上がる期待と興奮はどこから来るのだろう。

 彼女は男の叱責などに意に介さず、体の奥からわきおこる振動に身もだえた。

 呼応するように部屋全体が揺れ、裂けた床に男が呑み込まれていった。

「わたしの存在確率は尽きた。とても良い選択が出来てしあわせだ。半特権者(デミアド)の正史に最適解あれ!」

 ナターシャは塵となって暗闇に消えた。

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