第4章
Sand spilling in the past
1
白瀬カイ発案のダブルデートというのは、交際をはじめて間もない僕ら四人で、初デートのハードルを下げようではないか、という旨のものだった。用意周到なことで、僕のもとに連絡がくると同時に田端さんにも紅蘭寺さんのお誘いがかかっていたらしく、後日彼女は「以前相談してもらったお礼だと聞かないので、気が乗りませんが行きましょう」と肩を落としたのである。
夏の暑さにあてられて、また雨が続いていたこともあってか、どうしても行きたいのだと強引に決めてしまう二人。対して辟易する僕ら。ただでさえ暑いのになぜそんな明らかに疲れそうなことを? と行動パターンの違いを思い知った。
というのも、白瀬と紅蘭寺さんがあそこまで熱心に誘ってきたのには理由があった。
恋人となれた喜び。もちろんそれもあるだろう。しかしそこに「夏といえば海」なんて思いつきが加わった。彼らに輝かしい青春を夢見させたのである。長期休暇だからこそ家でしっかり休みたい派の僕と田端さんからすれば、はた迷惑なことこの上ない。
向こうはテンションが上がった状態。曖昧な反応をみせても察してはくれない。むしろ『押せればいける』と踏んで勝手に決める始末。田端さんの様子を見るに、向こうもおなじような流れだったようだ。
かくして、僕と田端さんは――気まずさも感じつつ――その日を迎えたのだった。
雨天の一週間を抜け、やってきた快晴。特急に揺られ向かう先は海。一美坂は盆地に位置するため、山を抜け海を見ようというだけでもそれなりにかかる。
白瀬と紅蘭寺さんペア、僕と田端さんペアで別れ自由席を確保する。その後は到着までのあいだ、席で雑談をすることになった。
……ここで問題が発生する。主に僕の。
先日、雨の日に交わした会話を、僕はいまだにずるずると引きずっていた。いや、引きずらないわけがない。田端ミレンのなかには東洞スミカがいる。聞けば、以前降霊したときのように、三十分間だけなどという制限もないのだそうだ。
無論、彼女は彼女。田端ミレン。それ以上でもそれ以下でもない。でも確かにスミカの断片は混ざり、そこにある。未練という名の願望として。
それを知ってから、僕は彼女との距離感をはかりかねていた。今までどおり、自分の恋心を探しながらの僕でいいのだろうか。それとも、この関係性になにか調整を
窓の外を眺める彼女に向かって、僕は問いかけた。
「田端さん。今の君とは、どういう関係でいればいいんだろうか?」
まるで別れ話でも切り出したかのような問いかけになってしまったけれど、きっと彼女であれば意図が伝わるだろう。
「僕は東洞スミカの未練がどんなものなのか知らないんだ。でも、おおよその見当はついてる」
きっと、東洞スミカの未練は……。
「田端さん? おーい」
返事がない。いくらなんでも無視されるのは不自然に思い、依然として車窓を向いている彼女を覗きこんだ。
となりの席、儚げな人形のように動かない彼女。窓というより、視線はすこし下、虚空をみつめているようだった。その顔のまえで手を振ってみる。しかし彼女は瞬きもせず、心ここにあらずといった様子で固まっていた。涼しげな横顔に変化はない。
田端さんが自宅を訪問してから一週間ほどが経過していた。彼女の骨折していた左手はギプスから解放され、今はひざの上に置かれている。反応がみられないので、視覚ではなく触覚に訴えようと握ってみる。
すると。
ぱちりと、覗きこんだ僕の顔で焦点が結ばれた。
「は、はいっ。すみません。お呼びでしょうか」
「いや、大丈夫?」
「問題ありません。はい。体調も良好です。ただすこし、考えごとを……」
考えごと。
それはやはり、東洞スミカのことだろうか。東洞スミカと僕と、田端ミレン自身のことだろうか。
なんて訝しげにみつめていると、彼女の視線がすっ、と逸らされた。とても自然に、嫌悪感を感じさせないように。ただ窓の外に意識をもどしたかのような仕草で。
しかし感情が読みにくい彼女だからできる照れ隠しなのだと分かっていた僕は、目を細めた。普段は意識しないように努めている感覚をたぐり寄せた。
――未だに、田端さんから白い線は伸びていない。
つまり、恋心はない。でも確かに今の反応は気恥ずかしさからくるものだ。わかりにくいけど間違いない、恋心あってこそのものだ。
であるならばやはり、ソレは、東洞スミカのもので。そして僕らだけが感じられる未練なのだ。
「ふぅ……」
アンニュイな吐息をこぼす隣人。
今ごろ向こうはきゃいきゃいと会話に花を咲かせているのだろうか。それこそ桃色と水色の混ざり合った、甘い時間に
そう、きっと僕らは同じことで気を揉んでいた。
「チョコレート、食べる?」
「食べます」
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