第23話 殺伐の世界へようこそ

 時間が、夜に近づいてきた頃だった。


「それじゃあまた明日です」と、玉子は別れの挨拶をして去って行った。

 帰りも送って行こうとしたが、さすがにそこまではいいですと遠慮されてしまった。


 子供のような容姿をしていて、子供のような性格だが、

 きちんとした高校一年生だ。常識も経験もある。送るほどのことでもないだろう。


 襲麻たちも帰路につく。

 クレープで刺激されたのか、腹もちょうど良いくらいには空いてきた。

 少し早いが、家に帰れば鳥巻が作った料理が待っていると思うと、自然と足が速くなる。


 駅前からどんどんと離れて行っているために、人は少なくなっていく。

 気づけば襲麻、巡、花の三人しか、道にはいなかった。

 身内しかいないのはいつものことなので驚くことはない。

 だからこそ、三人ではない部外者がいる状況に――驚いた。


 襲麻がぴたりと止まり、自分の身長よりも高い塀の上を見上げて、問いかけた。


「……誰だ?」


「…………」


 沈黙。話す気はないという感じだ。


 塀の上に立っているのは、中学生くらいの人間だった。

 黒いマントを羽織り、

 同色の、まるで魔法使いが好むような、先端が尖っている帽子を被っていた。


 顔はプラスチック製の仮面をつけていて、表情は分からない。

 その仮面はムンクの叫びのような表情だった。――不気味で仕方ない。


 すると動きがあった。


 黒マントが片手を挙げた。

 その手には、ライターが握られていた。


 三人がそれに注目していると、黒マントがライターを乱暴に、襲麻たちに向かって投げ捨てた。この時、まだ事態を理解することはできていなかった。

 無理もない。

 襲麻たちを取り囲む『もの』の正体に、彼らは気づくことができていなかったのだから。


 ライターは放物線を描き、三人の足元に落ちたと同時に、火が点いた。

 時間差なのか、それとも衝撃なのか、火が点くように小細工されていたらしい。


 ということは、そうするための理由があったということ。

 敵は、離れて火を起こす必要があった。

 近くでは決してできない。

 ――それは、自分が巻き込まれてしまう可能性があるからだ。


 今更ながらに襲麻は気づいた。

 自分たちを取り囲む、その『気体』の正体に。


「……可燃性の、ガスか!」


 無臭だったので気づくことができなかった。

 しかしそれしか考えられない。

 遠くから火を投げ入れることでおこなう攻撃など、ガス爆発くらいしか考えられなかった。


 黒マントが片手を前に突き出し、拳銃の形に変えて、言う。


「……ばぁーん」


 高い声と同時。

 襲麻たち三人の視界が真っ赤に染まり、爆発音が耳を貫く。


 唐突な日常の終わり。

 分かっていたというのに、自分がこういう殺伐とした世界の住人だということを、自覚していたはずなのに。やはり甘えていたのだ。玉子という、ぬるま湯に浸かっていたからだ――。


 楽しい時間は終わりだ。


 学生の世界から帰ってきたのだから、切り替えなければいけない。

 殺し合いの、組織間抗争の、三大勢力との――、戦争の世界へと。

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