第19話 接触 その1

 言われて気づく。どんどんと、状況が悪化している気がしてきた。

 すると、一年生の方も、このなんだかんだ言われている状況に慣れているのか、散々落ち込んだ後に――「よし!」と立ち上がった。

 深呼吸をしてから、意を決したように襲麻と向かい合う。


玉子たまこを助けようとしてくれてありがとうございます。よく体が小さいとか、成長してないねとか言われるんですよね……、もう慣れたと思っていたんですけど、やっぱりダメージはあるんですよ。だからさっきまでの玉子のことは忘れてください。今からが通常運転です!」


 一年生は車を運転するような仕草をしていた。


「俺は辰実襲麻。二年生で……、お前は一年生だよね?」


「あ、はい! 玉子は一年生で、今年から入学してきました。

 ……えと、あざーっす? でいいんですか?」


「別に運動部じゃないから、普通におはようございますでいいよ。でも、今はお昼だから、こんにちは、かな。それよりも、なにか悩んでいたんじゃないのか? 玉子」


 その時、一年生が「あわわ!」と驚いていた。

 両手をバンザイの形にしている。大げさだ。同級生がやった場合はイラっとする感じだが、しかし彼女がやると小さい子が背伸びをして頑張っているように見える。

 なんとも不思議なものだと襲麻が感心した。


「な、なんで玉子の名前を知って……、もしかして超能力者さんですかっ? 

 すごいです! 尊敬しちゃうくらいにはすごいですっ!」


「だってよ。尊敬してるって、花」


「なんであたしに振るのよ。

 その子が言ってる超能力者は、現時点ではあんたよ」


 ふん、とそっぽを向く花。遠回しにだが、超能力者と言われたことに腹が立っているのかもしれない。花は自分のことを『超能力者』と呼ばれることを、好いているわけではないのだ。

 まだ物体を動かすほどしかできないのにもかかわらず、

 そんなひとくくりにされたくはないのだろう。


 すると一年生が、「どうしてどうしてっ!?」と歩み寄ってくる。

 そろそろ鬱陶しいので、襲麻はネタバラシをした。

 というか本当に気づいていないのかこいつは、と呆れてしまう。


「だって、お前の一人称が玉子じゃん。どう考えてもお前の名前は玉子だろ? 

 逆に、玉子じゃなかった場合はすごく驚くと思うぞ」


「はー、なるほどです。まさかそんな落とし穴が」


 そんなものはない。


「じゃあ、あらためて自己紹介しますね。一年の安座間あざま玉子たまこです。それで、そのぉ、まだ学園内がよく分かっていなくて……、二年生なら詳しいですよね? 

 よかったら、案内してくれるとうれしいかなぁ、なんて言ってみたりして――」


 遠慮そうに、だけどはっきりと言う玉子。一年生が二年生にお願いをするには、それなりの勇気がいる。それを、ぐだぐだではあったが、実行に移せたということは、少なくとも過度な人見知りではないのだろう。どちらかと言えば、人懐っこい、という感じか。


「ああ、別にいいぞ。コイツも――巡も転校してきてな、ここのことを知っているわけじゃないんだ。で、今から案内するところでさ……ついででいいなら一緒に案内するけど」


「あ、ありがとうございます、先輩!」

「え? ちょっともう一回、言ってくれる?」


「へ? ……ありがとうございます、先輩!」


「よし」

「へ?」


 きょとん、とする玉子だが、すぐに興味が薄れたらしい。

 案内板をもう一度見て、ふふふ、と微笑んでいた。

 案内板を見て幸せそうにできる人はそういない。


「……襲麻って、年下が好きなの? 

 それともただ先輩って言われたいだけなの?」


 巡は冷たい視線で聞いた。

 ロリコンの疑いがかけられている。

 それを察した襲麻は、何事もなかったように答えた。


「後者だよ」


 決してロリコンではない。決して。


 ―― ――


 襲麻たちが学校で授業を受けている時間、壱加はすることもなく、ただ町中をぶらぶらと歩いていた。いつもなら、なにかしらの仕事が入るのだが、今日は特に指示されることがなかった。

 なので急に暇である。


 ドラゴンファミリーの他のメンバーは、虎組や大蛇の会の調査をしているのだろう。そこに混ざりたいのだが、壱加が調査など、こそこそしたことができるはずがない。

 一元からは直接、戦力外通告された。

 まあ、そりゃそうだと納得するしかない。


 自販機でスポーツドリンクを買い、喉を潤す。

 飲みながら駅前まできてみた。することはなにもない、と思っていたのだが。


「おい」と後ろから声がかかり、振り向いてみれば、

 そこには数十人の男が立っていた。

 金髪や赤髪をしていた。全員、黒いライダースーツを着ており、ズボンがずり落ちそうなほどの腰パンだった。見て分かる――、コイツらはどうしようもないクズの不良だ、ということが。


「待ちやがれよ、てめぇ、あの葉原はばら壱加いちかじゃねぇのか?」


 男の一人が言った。壱加は町の中で『不良』として有名である。

 その噂や情報は、同種の不良に伝わっていてもおかしくはない。となれば、壱加の恐ろしさも伝わっていてもいいと思うのだが、こうして喧嘩を売っているということは、壱加の力を知らないのかもしれない。それとも知った上で、喧嘩を売っているのかもしれない。


「おいおい、コイツ、本物だぜ」

「いいぜ、やっちまおう」

「あの噂が本当か、試してみてぇしよ」

「この人数ならいけるだろ、おい、お前、例のもの、持ってるか?」

「そりゃもちろん、いつでも準備おーけーですぜ」


 ざわざわと、壱加を潰すための計画が立てられていた。

 壱加を見つけてしまったのなら、見て見ぬ振りをすればいいものを。


 こうして喧嘩を売ってしまったのだから、この不良たちはもう逃げられない。町中でよく見かける破壊痕は、全て壱加がつけたものだ。

 ――そう、こういう売られた喧嘩を買った時につけたもの。

 ……別の理由も、あるにはあるが。


 この時、壱加はどんな顔をしていたのだろうか。嫌な顔だろうか。鬱陶しい、と、まるで周りを羽音を立てて飛ぶ蚊を振り払うようなものだったのだろうか。

 否、笑っていた。誕生日プレゼントに、欲しかったおもちゃをもらった時のような、純粋な喜びを、壱加は感じていた。


 歪む、不気味に、口元が。


「……最近は退屈してたんだ。

 今日のオレは気分が良いからよぉ、全員漏れなく、背骨骨折で済ませてやるよ」


 ゾッと、男たちの背筋が凍る。気づくのが遅かった。もし、もう少し気づくのが、勘付くのが早ければ、関わる前に逃げることができたかもしれなかった――でも、今となっては、たらればだ。関わってしまったが最後、逃れることなど決してできない。


 それから数十分に渡って、駅前は戦場と化す。

 町の人々にとっては騒ぐ必要もない、いつものことでしかなかったのだが、男たちにとっては死んだ方がマシだと思えるほどの地獄だったという――。


 ―― ――


「が、あ……ぎ」

 と、呻き声が聞こえる。

 それは一つではなく、数十と聞こえてきた。

 それを妨げるように、壱加は男たちの一人、その倒れる体を踏みつけた。


「うるせぇよ。少し黙れ。

 このまま肋骨まで折ってほしいっつうなら、オレも鬼じゃねぇ。

 希望通りに実行してやるよ」


 ぴたりと、呻き声が止まる。男たちの痛みが消えたわけではない。しかし、さらにくるだろう痛みを想像して、恐怖が勝ったらしい。

 痛みを耐えるために声を上げるよりも、さらなる痛みを喰らわないために声を上げないことを選択した。賢明な判断だ。

 壱加も満足だったのだろう、男たちにとどめを刺すことなく背を向け、その場を去った。


 さすがに駅前とは言え、ひとけが少ないところを選んでいる。堂々と騒ぎを起こすわけにもいかなかったので、少し道からはずれた路地裏にきていた。ここは不良の溜まり場所であり、色々と見えにくい場所だ。

 ここで、どんなことが起こっているのか、容易に予想できる。

 だからこそ、壱加も戦場に、ここを選んだのだ。



(退屈しのぎにはなったか。あー、そういや、腹が減ってきたな……。

 どこかで食っていってもいいんだがよぉ、やっぱ家で食った方がいいんだ――あん?)


 これからの予定を考えている最中、

 壱加の思考を中断させるようなものが、目の前を横切った。

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