第18話 巡の新生活 その2

「ちょっと前までは同じ学校で同じクラスだったんだけどな。あいつの馬鹿力はもう知ってるだろ。あれが原因。あいつは自分の異常を制御できていないんだ。

 それだから社会に溶け込めるわけもなく、自分の異常を世間に見せびらかすように使っちまった。学校にも、町にも、傷跡を残して。

 そんな奴を学校側がわざわざ懐に収めておくなんてこと、あるわけがない」


 だから二年に上がる前に退学していったよ、と襲麻が締めた。


 予想通りだった。

 壱加が全部、悪いわけじゃない。

 でも、やはり異常者は弾かれるのか、と巡は実感した。


「分かっているとは思うけど、学園内で異常は使わない方がいい。

 花もそれは徹底してる。使うなら慎重に、だ」


「私のは、自発的に出せるわけじゃないから大丈夫だとは思うけど……、

 でも、あまり言いふらすことでもないし、そもそも言う気はなかったしね」


「なら安心だな」


 ところどころ、壱加が残したであろう傷跡を見つけながら、巡たちは歪学園へ辿り着いた。



 それから時間は飛んで、朝のホームルーム。

 予想通りに襲麻と花と同じクラスになることができた巡だった。

 裏でなにかをしていたのかもしれないが、素直にこれには助かる。

 やっぱり知り合いがいるというのは安心できた。


 担任の先生の話を聞き、自分のことが呼ばれたので――がらら、と扉の開ける音を立てて、教室の中に入った。無難に自己紹介を終え、襲麻には『つまらない』というような顔をされたが、放っておくことにした。


 巡の席は窓際から二列目、後ろから二つ目だった。

 なかなか良い席、と思ったのだが、隣の窓側に襲麻、真後ろに花がいた。

 とても落ち着ける状況ではなかった。


「よっ。それにしても運が良いな。まさか本当に一緒になるとはな」


 ホームルーム後、襲麻がそう声をかけてきた。


「とかなんとか言って、結局、操作してたんじゃないの? 一緒にいた方が監視しやすいとか、問題が起きた時に対処しやすいとか。もし私なら一か所に集めておくけど、どうなのよ?」


「へえ。自分の目線から考えてみるってのは、良いやり方だね。

 だからこそかな、予想は見事に当たっているよ。たぶん、父さんじゃないかな、そういうところも含めて、面倒を見ているわけだしね」


「いらない世話を……」


「まったくよ……」


 なぜか花まで文句を言っているが、あえて突っ込まないことにした。

 突っ込んで話し始めたら、なんだか面倒なことになりそうだった。


「さてと。話し込んでいる間に、もう一時間目だな。学園内の案内とか、これは知っておけとか、そういうのは昼休みにでも教えるよ。だから、それまでの四時間は堪えろよ」


 溜息が出る。巡は初日からではないものの、新学期に合わせて転校しているので、勉強面で遅れを取ることはないのだが――ここはレベルが高いのだ。

 しかも巡は無理やり入ったと言っても否定はできない。つまり、前の学校とここでの授業に少しのずれや違いがなかったとしても、トントン拍子に理解することなどできない。

 だから溜息が出る。この溜息は、諦めの溜息だった。


 そして、四時間目が終了した。

 全ての授業が座学だったので、教室移動はなし。

 授業も始めということで、先生の話がほとんどだった。

 聞いていて楽しいものではなく、退屈過ぎて、ひと眠りできそうなほどだ。


 たまにちらりと襲麻を見れば、先生のことを見ていて、よく話を聞いているように見える。

 しかし、意識は向いていない。

 なにか考え事でもしているのか、と巡は襲麻を小声で呼んでみたのだが、全て無視された。

 ……別にいいのだが。


 待望のお昼休み。

 さて、購買でパンでも買おうか、それとも食堂にでも行こうか――、

 しかしどこにあるのかが分からなかった。


「……お昼ってどうするの? 二人共、お弁当を持ってきて――なわけないわよね」


「いつもは食堂だな。でも、早く行かないと混むんだけど、もう今から行ってもたぶん席は空いてないだろうな。ダメ元で行ってもいいけど、どうする?」


 経験者がそう言うのならば、無理して「食堂に行く」と言い張るつもりは、巡にはなかった。

 おとなしくパンでも買うのが妥当だろう。

 本当は、できるのならば食堂で食べたいが、妥協も大事だ。


 というわけで、三人は教室を後にして、購買へ向かう。


 食堂とは違い、購買はものすごく空いていた。

 儲かっているのかどうか心配になるくらいだった。


 購買でパンを買う。なんとも珍しい、バナナメロンパンというのがあったので、巡は試しに買って食べてみたのだが……、どちらも味が強過ぎて、なんだか訳が分からない味だった。

 失敗。今度は襲麻と花が買っていたホットドックにしようと決めておく。


「飯も食い終わったところで、っと。まだまだ時間はあるな、学園内でも案内しようか?」

「そうね……じゃあお願い」


 断る理由はない。


「それじゃあ――」と、襲麻が歩き出したところで、巡の目線の先に、ものすごく気になる光景があった。見えているのは二つ。学園の案内板、その前に立って、じっと案内板を見ているおかっぱの髪の毛が桃色に染まった、小さく幼い少女。

 制服を着ていることから、この学園の生徒だというのは分かる。恐らく一年生だろう。


 彼女は案内板を見て、辺りをきょろきょろと見回して、もう一度、案内板を見る。

 ……道に迷っているというのは、誰が見ても分かるだろう。


 助けたいのだが、そう簡単に助けに行っていいものなのか。

 巡がもし同じ立場になったのならば、これくらい自分の力でどうにかできる、と他人の助けを求めない。これは巡の考えであって、彼女の考えではないのだが――。

 だから助けに行くまでの一歩が、なかなか踏み出すことができなかった。


 そうこうしている間に、


「どうした? もしかして道に迷ってるのか?」

「……へ?」


 巡が悩んでいる間に、襲麻は既に、彼女の元にいた。

 一年生の方も、襲麻の接近に気づいていなかったらしく、間抜けな声を出して驚いている。

 びくびくと震えていて、まるでハムスターなどの小動物のようだ。


 そこまで襲麻が怖いのか、それとも人見知りをするタイプなのか。

 もしかしたら襲麻の本質でも見抜いたのかもしれない。


「行くよ。めんどいけど、襲麻が口を挟んだんだから、

 なにもしなくても、あたしらには役目がくるわよ」


 花がそう言って、巡の横を通り過ぎる。

 巡も「うん」と頷き、花を追うように、小走りで一年生の元に向かった。


「襲麻、なに小さい子をいじめてるのよ」


「お前の発言がこの子をいじめてるようなものだと思うけど」


 花の『小さい』という単語に敏感に反応したのか、一年生は目元をうるうると潤ませていた。

 なるほど。やはり体が小さい、発育が遅れていることは気にしているらしい。


 子供扱いをしては失礼だとは思っているのだが、見た目と内面から、どうにも小さな子をなだめるような態度を取ってしまう。

 巡も「どうしたの? 道に迷ったの?」と聞いた時に、無意識に中腰になり、目線を合わせようとしてしまった。それが一年生の傷を抉ったのだろう、両手を地面につけ、ずーん、という効果音が聞こえそうなくらいに落ち込んでいた。


「あっはっはっは」と襲麻の笑い声が響く。


「いや、笑っちゃダメでしょ……あー、今のは確かに、私が悪いけどさー」


 一年生はぶつぶつと聞こえるか聞こえないかくらいの声で、

「小さい小さい小さい小さい小さい小さい……」と、連呼していた。

 すごく恐い。夜中に聞こえてきたら、本気でびびってしまいそうだ。


「えーと、ごめんね。別に悪気があったわけじゃないんだ。

 ほら、思わず口から出ちゃった感じで言っちゃって」


「お前、フォローする気ないよな」

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