第17話 巡の新生活 その1
……一言で会話が終わった。しかし巡は諦めずに粘る。
「家事ができていれば、色々と役に立つと思うけど。
ほら、料理を作ったり、洗濯できたりしたら、幅が広がるじゃない?」
「なんの幅よ。そんな幅はいらないわよ。
あたしは家事なんてできなくても生きていけるからいいの」
「ふーん。家事ができれば、それを口実に襲麻と会話ができると思うんだけどなあ」
ぴくり。
花が微かに動いた。巡がニヤリと微笑む。
「それに、女の子は家事ができないと。じゃないと将来、困るかもね。
女の子の魅力の一つに、家事ができるって必ずあるし、強力な手札になるのになあ」
巡が言っていることは嘘ではないだろう。
だからこそ、花はなにも言い返せず、「うぐぐ」と唸ることしかできなかった。
女の子には、必須なことなのだろうか。
「なによ、その言い方。まるでやらなくちゃいけないみたいな誘い方。
やり方がずるいっていうか、襲麻に似てるっていうか……」
「そんなつもりはないけど。結局、決めるのは花だし」
そう言われてしまえば、やらないとは言えない。
二択に見せかけた一択だった。
どう足掻こうと、答えは決まっているようなものだ。
――やる! としか言えなかった。
「花もやってくれるの? ありがとね」
「あ、うん……」
鳥巻の嬉しそうな顔を見た後で、「やっぱりやらない」なんて、言えるはずもなかった。
そうこうしていると、食事が終わった。
あれだけあった料理だが、あっという間に全て無くなってしまった。
ほとんど、一元と壱加の功績が大きいが、女子たちもいつもよりは多く食べただろう。
一段落ついたところで、一元が席を立ち、部屋を出て行く。
するとすぐに戻ってきた。
手にはなにか、黒い物体が握られていて、それは服のようだった。
というか服だ。黒く、少し青い色の制服だった。
一元はそれを巡に向けて乱暴に投げた。
「おっとっと」と声を出して巡が受け取る。
未だに理解できない巡に、一元がテキトーに説明した。
「明日からお前は学校。それ制服。オーケー?」
「全然、オーケーじゃないけど……私、制服なら持ってるし。
しかもこれって、私が行く予定の高校と違うんじゃ……」
「そ。お前が行こうとしていた高校をキャンセルして、俺が用意した学校に行ってもらう。
襲麻と花と一緒の方が、なにかと便利だろ」
あっさりと言う一元の言葉に、一瞬、納得しそうになった巡だが、すぐに冷静に戻る。
「……って、キャンセルしたってどゆこと!?
手続き大変だったのに! 努力が、私の努力がっ!」
「いいじゃんいいじゃん。俺のコネで入れるんだからさ」
「ものすごい勢いで嫌なんだけど!
しかもどこよ、私のレベルに合っていないところだったらどうすんのよ!」
「大丈夫大丈夫。お前が行く高校は
「恐ろしいことをいとも簡単に言ってくれやがって。
学力を上げるのがどれだけ大変かも知らずに……っ」
敵意を剥き出しの巡の相手をするのが面倒くさいのか、一元は「話は以上!」という顔で部屋を後にする。残されたのは巡と襲麻と花。ちなみに鳥巻は洗い物をしていた。
明日から学校……、当たり前のことだが、正直しんどい……。
色々なことが起こって戸惑っているというのに、すぐにでも日常がやってきてしまうのは、さらに戸惑いを呼び込むことではないのだろうか。
巡は溜め息をつき、渡された制服を眺めた。
以前、通っていた高校の制服よりは可愛いかな……、
あと、通う予定だった高校の制服よりも。
そんな風に、通うことになった高校の制服を可愛いく感じることで、
なんとかモチベーションを上げる作戦に出た。
可愛いと感じておけば、着るのが楽しくなるし、それにつられて、学校に行くことも苦ではなくなる。巡は渡された制服を広げて、困惑した。
……これは。
「パーカー、だよね?」
間違いなく、巡が持っていた制服は、一般的なパーカーだった。
―― ――
翌日、巡は不思議に思いながらも深く考えることはせず、パーカーとしか思えない制服の袖に腕を通した。サイズはぴったり。しかしぴったりということは、これ以上の成長は期待できないと思われているのだろうか。それはそれで癪である。
すると自分を呼んでいる声が聞こえた。襲麻の声だ。
そう言えば少し早めに家を出ると言っていたような、言っていなかったような……、そういう疑問が浮かんできたということは、『言っていた』ということになるだろう。
巡は慌てて学校の準備を済ませ、階段を勢い良く駆け下りた。朝ごはんは先ほど軽く食べたので、食事のために止まることはせず、玄関へ向かい、巡は襲麻たちと共に家を出る。
「気分はどうだ? 新しい学校、新しいクラス、新しい友達。
不安もたくさんあるだろうけど、期待してていいと思うよ」
襲麻が雑談程度にそう言ってきた。
確かに襲麻の言う通り、期待も不安もあるにはあるが、どうせ裏でなにかしているのだろうと予想できてしまう。
たとえば、花と襲麻と同じクラスなのではないか――とか。
襲麻と花が同じクラスなのかは知らないが。
花はまだ寝ぼけているのか、「……ふぁ」と大あくびをしていた。
あんな状態でよくぶつからずに道を歩けるなと思った巡だが、
花がさりげなく襲麻の服を掴んでいたので納得した。
とりあえず、昨日からずっと気になっていることを聞いてみる。
一晩、置いたら気にならないかなと思っていたが、それも失敗に終わっていた。
圧倒的な存在感のそれを、指で差しながら。
「これ、パーカーでしょ? 私だけいじめられてるのかなとか思ったけど、花も襲麻もその制服――パーカーだし。……なんだか珍しいわね。これじゃあ、私服と変わらないんじゃ……」
「狙いとしては、巡の言う通り。私服っぽい制服――というのが目的。これなら生徒は楽な格好ができて、落ち着けるんじゃないか、と作った人は思っていたんじゃないかな。
あとは周りとは少し特殊だよって印象付けるためとかね」
襲麻は制作者ではないので、そこまで深くまでは知らない。
たぶん、こんな理由じゃないのかな、と推測の域を出ることはないのだ。
「実際は分からないけどな。
――そんなことはどうでもいいだろ。似合ってるし。それでいいじゃん」
「まあ、そう言ってくれるのは、嬉しいけど、さ――」
不意打ちだった。
いきなり言われれば、さすがに巡も照れてしまう。
襲麻が狙っていたのか、そうでないのかは分からないが、
もし狙っていたのだとしたら――悔しい。
なにか話をしていないと今のを引きずってしまいそうだったので、巡は気になっていたもう一つのことを聞いてみた。だいたいの予想はついているのだが、まあ、確認のために。
「壱加は……もしかして学校に行ってないの?」
「いや、行ってた」
過去形だった。
つまり、現在は行っていない、ということになる。
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