第16話 持つ者、持たない者

 壱加が一元と電話をしている間、襲麻の背中が、とんとんと叩かれた。

 くるりと振り返ってみれば、そこにいたのは巡だった。


 隣には花もいるが、花の方は特に用はないらしく、

 いつも見ているだろう風景をずっと見ていた。


「なんだ? 家までの道くらい知ってるぞ」

「当たり前でしょ。そんなこと心配なんぞしていない。私は聞きたい事があったから呼んだの」


「聞きたいことねぇ……。

 俺は別に辞典じゃないから、俺が知らないことを巡に教えることはできないよ」


「分かってるわよ! それに聞きたいことってのは一般常識とか小難しい言葉なんかじゃなくて、あんたのことよ! あ・ん・た・の・こ・と!」


 妙に強調して言ってくる。

 巡に変なものを見せたわけでも、したわけでもないんだがなぁ……と襲麻は今までの行動を見返すが、自分のことで聞かれることなどないと思っていたのだ。


 が、思わぬ落とし穴。

 襲麻にとっては当たり前過ぎたことだが、巡にとっては異常なことらしい。

 ――しゅびっ! と襲麻のことを指差し、吠えるように巡が言った。


「聞こう聞こうと思っていたけど聞けなくて、今、ちょうど良いから聞いておくけど、なんで常時ナイフと拳銃を携帯しているの? 気になって仕方ないんだけど、しかもそれ、危ないし」


 ……まあ、当然の疑問ではある。一般人の感覚でそうなのだから、なんの違和感も抱かない襲麻は一般人ではないのだろう。

 分かりやすい異常を持っていないからと言って、一般人であるとは限らないのだ。

 

 巡は『未来が見える』という異常を持ってはいるが、ここにいる誰よりも一般人であり、一般人に近いと言える。

 逆に、異常を持たない襲麻は、この中では誰よりも一般人ではないのかもしれない。

 異常を持つ壱加と実力が同等の時点で、一般人ではないのだから。


「なぜ持っているか……ってことか。なぜって、そりゃあ、身を守るためだろ」


 と、普通の返事があった。

 なにを期待していたのかは知らないが、答え方でこれ以外というのはあまり浮かばない。


「俺は壱加や花や巡みたいに、異常を持っていないからな」

「え? やっぱり持ってないの?」


「なにを今更。あー、でも、言ってなかったか。

 俺にはないよ。俺は施設じゃなくて、この組織にずっといたんだしな」


 てっきり、襲麻も異常を持っているものと思っていた巡だった。

 確かに『異常』を使っている場面は見たことがないし、異常よりも、人間が持っている技術でどうにかするというイメージの方が襲麻には強い。


 しかし、異常がないとしたら、壱加となぜあそこまで対等に戦えるのだろうか。

 異常なしで埋められる差は、決して少なくない。

『戦う』という状態までいくのに、どれだけの努力が必要なのだろうか。


 壱加と襲麻を見比べていた巡の視線で、

 なにを疑問に思っているのか気づいたらしく、花が答えた。


「襲麻の武器は圧倒的な情報力よ。それと、技術。あとは、長年の経験かしらね。

 それがあれば異常なんてなくても、壱加くらいなら倒せなくとも、追い詰めることはできるわ。ナイフと拳銃はおまけ。それがなくても、襲麻は強い。

 襲麻が壱加と互角に戦えるのは、壱加の癖を知っているから。次になにをするか、この状況ならこうするとか、パターンを知っている。そのパターンを、襲麻は様々な人間のものを記憶しているし、いつでも引き出せるから強いのよ」


 長々と語り、花は疲れたらしく、「ふぅ」と一呼吸を入れて黙った。


 なぜか沈黙が場を支配してしまったので、巡は咄嗟に思ったことを口に出した。


「ってことは、花のも知ってるってこと? 色々な癖とか、パターンとか」

「それはない」


 花がぴしゃりと巡の言葉を斬り捨てる。


「だって、あたしが襲麻と戦うことなんてないもの」


 当たり前のように言われて、巡はなにも言えず、襲麻の方も変わらず黙っている。

 ……実は癖とかパターンとか、好きな食べ物とか嫌いな服とか。町中で猫を見ると思わずふらふらとついて行ってしまうとか、ドラゴンファミリーに所属している下っ端のことを鞭で叩いたり――以下略。などなど、色々と知っているのだが、この状況で言うべきではない。

 襲麻の判断は正しく、花はどうにもご機嫌だ。

 このご機嫌をあえて奪うようなことはしない方がいいだろう。


 笑顔で歩く花に置いて行かれないよう、巡も少し歩く速度を上げる。

 すると通話中の壱加が振り向いた。

 視線の先には襲麻がいて、なにかコミュニケーションでも交わしていたのだろうか。

 でも、あの二人にコミュニケーションなんて意識があるのか? と失礼なことを考えていた。


 予想通り、壱加はイラついた表情を見せて、通話に戻る。恐らく襲麻がなにかしたのだろう。

 優しく微笑んだだけなのだが、巡の位置からそれは見えなかったらしい。


 それにしても、今日一日で色々なことが起こり過ぎて、正直なところ、頭がパンク寸前だ。

 仲間だとは思うが、どうにも仲が良くないように見える三人の中にいきなり入れられて、巡は正直な話、戸惑っていた。

 しかし文句も言っていられない。

 今、巡の家はあそこであり、居場所は他のどこでもなく、『ここ』なのだから。


 さて。お近づきの印に、少し踏み込んでみようかなと、巡は花の横にささっと並んだ。


「花って襲麻のこと、すごく信頼してるよね。あと、襲麻のことをよく分かってる。

 さっきも私が襲麻って呼び捨てにしたら、少し嫌がってたっていうか……、

 怒ってたっていうか――嫉妬してたしね」


「……なにが言いたいの? もっと分かりやすく簡潔に言ってほしいかな」


「いいの? じゃあ言うけど、花って襲麻のことす――」


「殺すわよ」


 おおぉ……と、マジな反応が返ってきたところで、これ以上はやめておこうと自重した巡だった。踏み込んでいい領域と、そうでない領域がある。

 ここから先はダメな領域だと一発で判断できた。


 その時、ちょうど壱加の通話が終わったらしい。

 そしていつの間にか、目の前には大きな大きな、

 巡にとっては今日から住む我が家に、辿り着いていた。


 ―― ――


 四人で家に上がり、居間に行くと、豪勢な料理の数々がテーブルの上に並べてあった。

 まるで誕生日会でもしようかと言えるほどだった。

 だからと言って、買ってきただけのチキンではなく、

 鳥巻の手作りであるオムライスや肉じゃがなど、色々な種類のメニューだった。


 しかし、料理の数と合わず、座っているのは一元と鳥巻だけだ。

 襲麻たちが追加されるとしても、たかが四人程度。

 にもかかわらず、こんな大量に料理が並んでいるのは驚きだ。

 とてもじゃないが、全部は食べられそうにない。


 すると一元が、帰ってきた襲麻たちに気づいたらしい。

 手でちょいちょいと合図を送ってくる。


「さっさと座れよ。料理が冷めるだろうが。早く食おうぜ」

「どうせ待ってたんなら、みんながくるまで待てばいいのに」


 呆れながら、花が言う。


「他の奴らならこねぇよ。あいつらは徹夜で仕事だ。つまり、今日は俺たちだけだ」


「……一体、ここは何人暮らしなの?」


 素直な感想を巡が漏らす。

 この料理の数が、本来いるであろう人達の分も含めたとしても、さすがに多い。

 何人ほどいるのか、今日から住む巡としては、とても気になるところだ。


「結構、人数は変動するけど……まあ三十人くらいかな、平均」


「三十人!? 毎日、三十人で食卓を囲んでいるの!?」


 襲麻が親切にも教えてくれた答えに、巡が驚いた。人数に、ではなくて、もちろん人数に関しても驚いてはいるが、驚きとしては二番目だ。

 巡が一番に驚いたのは、そんな人数分の料理を作っている鳥巻に、だ。

 今日が鳥巻の『料理当番』ならば苦労は少しで済むだろうが、これが毎日だとしたら鳥巻の負担がとても大きい。


「いつもはもちろん、手伝ってもらってるわよ。

 今はいないけど、そういう人もきちんといるし。家事全般が得意な人。その人達と手分けをしたり、一緒にやったり、案外、思っているよりも大変ではないわよ?」


 巡の目が全てを語っていたらしい。

 心配が全て鳥巻に伝わっていて、あっという間に答えが返ってきてしまった。

 大変でないなら別に、心配なことはないのかもしれないが……、と、そこで巡は良いことを思いついた。その良いこと――巡にとっては良いことだが、しかし、鳥巻にとって良いことなのかは分からないが、それでも巡は提案する。


「だったら、手伝います。私はここに住まわせてもらっている身ですし、

 なにか、役に立ちたいんです。まきさんの役に――まきさんの役にっ!!」


「なんでそんなに『まきの役に立ちたい』を強調するんだよ。そりゃ、俺の役に立ってほしいとは思わないがよ……、さりげなく除外すんのやめてくんねぇかな? 結構傷つくんだよそれ」


 一元の抗議はあっさりと無視された。


「そうね……、じゃあお願いするわ。若い子の力があると助かるし。――誰かさんはまったくノータッチだしね。こういう家事ができないと、将来、困るかもしれないしね」


「ねえ、なんでこっちを一瞬見たの? 

 誤魔化してるけど一発で分かるから。雰囲気で語ってるから」


 花がどうにもきまずそうだった。

 どうやら花は女子でありながら、家事をなにもしていないらしい。

 そんな花を見て――あ! となにかを思いついたのか、巡が聞いた。



「花も一緒にやらない?」


「やらない」

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