第15話 三大勢力

 覚悟していた。殺意か敵意か。なにかが来ると思っていた。

 けれど巡の予想ははずれ、ただの沈黙がその場を支配した。

 けれど、届いていないわけがない。

 巡の言葉は届いていて、そして貫いたはずだ。


 ――しかし、二人はなにも言わなかった。


 壱加が帰路につき、それに続いて、襲麻も歩き出す。

 二人の距離は決して近くはないが、遠くもない。

 一応、信頼はしているというこか。


 それもそうだ。

 一緒に暮らしている。それに、ドラゴン・ファミリーとして色々なことをしてきたのだ。

 殺し合うだけの仲なはずがない。


 二人を追うように、巡も続く。

 歩きながら、気づけば隣には花がいた。


「……それにしても、よくもまぁ、あんな策で二人を止められると思ったわよね。

 賭けに出るとしても、勝てる確率なんて、圧倒的に少なかったのに」


「そう?」


 巡は本当に意外そうに、花に言った。


「晩御飯抜きって、男の子に一番、有効な技なんじゃないの?」


 ―― ――


 帰路についた壱加のポケットが震えた。

 スマホの着信だ。誰から、なんて見なくても分かる。

 人によって、振動の仕方を使い分けているというわけではなく、

 壱加に連絡を取るとしたら、一人しかいないからだ。


 スマホを取り出し、画面に触れ、耳に当てた。

 いつも通りの声。

「もしもし」など、言う必要がない。用件だけをさっさと聞いた。


「一元だろ。なんの用だ?」


『なんの用だって……、

 そりゃあ一つのことしかねぇだろ。虎組のことだ』


 壱加は、「あー」と思い出す。

 襲麻との一戦で忘れていたらしい。


 あまり印象に残らなかった。相手がそれほど弱かったということだが、戦っていた時点で気づくべきだった。壱加の無駄働きで、一元の仕事が一つも二つも増えているのだから。


 今回の電話はそれ。

 一元が溜息混じりに用件を言う。


『お前がぶっ飛ばした奴ら、虎組の中でも下っ端の位置にもいねぇ奴らだ。

 俺達を襲ってきやがった下部組織よりは、立場は上らしいけどよ……』


「だろうな。あんなので虎組の正式メンバーなら笑ってる。

 今回は襲麻に踊らされたって感じだな。オレを、あいつらの元に向かわせたのは襲麻じゃない奴だが、結局、元を辿れば襲麻の指示だった、っつうわけだ」


『……で、お前がそれを知って、あいつと喧嘩をしねぇわけがないとは思うが、どうした? 

 今日はなんだか、いつもと違うじゃねぇか』


「新入りのせいだな。あんなにオレに噛みついてきた奴は久しぶりだ。

 襲麻みたいな、利用してやるとか、自己満足だとか、そういうんじゃなく、

 オレのために動きやがったんだよ、あいつは」


『巡のことか。あいつもお前と同じだぞ。

 力の発現は遅かったようだが、一応、お前と同じだ――元「ラインナップ」だよ』


「…………」


『ラインナップ、というのが別に強い奴という枠組みではなく、異常を持っている者のことを指すから、それを言われたところで、「だからなんだ」という感じだがな』


 過去――、施設で異常が少しでも発現した者、適合した者は、ラインナップと呼ばれていた。

 研究者たちが『商品』という意味からつけたものだが、

 異常者=ラインナップという認識らしい。

 となれば、花も壱加も巡も、ラインナップという事になる。


『それにしても、襲麻の奴はお前をあんな下っ端に向かわせて、なにがしたかったんだ? 

 意味があるとは思えねぇんだが。俺でもあいつの考えることが分かんねぇ。不思議な奴だ』


「おいおい、父親だろうが。あいつがあんな風になったのは、お前のせいでもあるとは思うがよぉ……、それは別にいいか。特に意味はなかったんじゃねぇの? 

 オレに無駄働きをさせたかったとか、そんなもんだろ。

 結局、オレが暴れていたのを、あいつは陰で見てたんだからよぉ」


『それのおかげで、お前にしてもらう分の仕事を他に回す羽目になったんだがな。

 ……ああ、なるほどなぁ』


 一元はなにかに気づいたらしく、手をポンッ、と叩いた。

 電話越しでもその様子がよく分かる。


『案外、襲麻の判断も良かったのかもしれないな。

 お前の嫌がらせと同時、俺達の利益のことも考えているのかもしれねぇ』


 首を傾げる壱加。

 その仕草が、一元に伝わるはずもない。


『お前に頼もうとしていたのは、虎組への調査だったんだが、お前の場合は玄関から入って当然のように破壊してくるだろ? 堂々と、このまま戦争になってもおかしくないほどには、先制攻撃をするだろ?』


「ああ、当たり前だ。こそこそとなにかをするのは苦手なんでな。

 だったら最初からぶっ飛ばした方が早いだろ」


『だからだよ。結果的に言えば、お前が下っ端程度の相手をしてくれて助かったっつうわけだ。

 下っ端が襲われれば、上の奴らは警戒するだろう。くることもない敵に怯えて、俺達はスムーズに情報を盗むことができる。囮としては充分な働きをしたよ、壱加』


 襲麻がそこまで考えて、実行に移したというのは考え過ぎか。

 しかし、偶然、運良く、にしては出来過ぎている。

 壱加は舌打ちし、襲麻をちらりと見た。


「?」と襲麻は首を傾げ、優しく微笑んだ。

 壱加にとって、その優しい笑顔は不気味にしか見えなかった。

 経験則から言って、あの笑顔でまともなことなど考えていないだろう。


「……虎組を調査して、なにをしようっつうんだ? 戦争でも起こすつもりかよ? 

 お前らしくもねぇな。この拮抗状態を崩したくないんじゃないのか?」


『崩したくないさ。ああ、崩したくないね。

 でも仕方ないだろう。あっちがその気なら、ってわけだ――』


「ああ?」


『あっちが裏でこそこそとやってやがるんだ。

 虎組だけじゃない、「大蛇だいじゃかい」までもな。

 あっちの二つが共闘でもしてんのか、取引きでもしてるのか、それとも、もう一つのなにかが動いているのか。全てを調べておく必要がある――』



<ドラゴン・ファミリー>


<虎組>


<大蛇の会>



 この町の裏に存在する組織の、大手と言える組織。

 この三つの組織の力は、ほぼ同等、拮抗している。

 この三つを『三大勢力』と呼んでいた。


 暗黙の了解だが、この三大勢力同士が争うことはない。

 争って、どちらかが負け、再起不能になった場合は、色々なところに影響が出るからだ。


 下についている組織が野放しになるし、裏で活動していると言っても、全てというわけじゃない。表との交流もあるにはある。だからこそ、戦争でもしてなにかを失うわけにはいかないのだが……、一元が言うには、その暗黙の了解を破ろうとする動きがあるらしい。

 それは噂で、嘘かもしれない。しかし、本当かもしれない。


 だからこそ、調べる必要がある。


『調べて、大したことないなら放っておいてもいいだろう。

 でも、もしかしたらお前達に動いてもらう必要があるかもな。

 その時はこそこそと、じゃない。思い切り――ぶっ飛ばせよ』


「ああ」と承諾して、壱加は通話を切った。

 スマホをポケットに捻じ込みながらしまい、後ろで騒ぐ三人を見る。

 笑顔もあれば怒った顔もある。バリエーション豊かな表情をしていた。


 戦争が起こったとして。

 あの三人はあんな風に笑っていられるだろうか――、なんて考えながら。


 壱加は一人、前を進む。

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