第14話 襲麻vs壱加 その2

 人間砲台から、弾が勢い良く発射された。

 壱加の全力、ただコンクリートの塊を投げただけなのにもかかわらず――ゴァッ! と音が轟いた。風を巻き起こしながら、塊は壁を予定通りに打ち破る。

 襲麻は跡形もなく、すり潰されているはずだが、

 しかし壱加にとってこの結果は予想通りだった。


 襲麻の姿は、破壊された壁の向こう側にはなかった。

 逆に、近く、目の前にいた。

 ……いつの間に? と質問するのは馬鹿らしい。

 その質問に答えるのならば、いまの間に、だ。


「ま、やられるわけねぇよなぁ。

 こんなもんで終わるなら、オレはここまでストレスを溜めてるわけがねぇもんな」


「はっ、余裕かよ。慣れ過ぎだろお前。

 ――なんで拳銃をお前の心臓に突きつけてるのに、焦りの一つも見せないんだ?」


 壁を盾に使った、つまり壱加の死角に位置取りできたということ。

 ならば、壱加に気づかれないように移動することは難しくない。


 襲麻は見つからないように移動し、破壊を待った。

 壁の破壊が終わってから、瓦礫の粉塵を利用し、壱加に接近。

 そして常時携帯している拳銃を壱加に突きつけている、というのが今の状況なのだが。


 分かってはいたが、呼吸一つも乱さないとは。


 これだからこそ、壱加との戯れは面白い。


「引けよ、引き金。それでオレを殺せると本気で思っているのならな」


「思ってはいないよ。こんなおもちゃで殺せるって言うのなら、もっと早くにお前は死んでるはずだ。それも簡単にな。……撃ったとしても、お前は死なない。

 だからこそ、引き金を引こうとは思ってるよ」


 単なる遊び。だからこそ、引き金を引く。

 本気で殺す気があるのならば、もっと違う、確実に殺すやり方を選ぶ。


 一呼吸を置いてから、襲麻が動く、壱加が動く――その時。


 二人を分断するように、世界を区別するように。

 壱加がさっき投げたであろうコンクリートの塊が、真上から降ってきた。


 ――ドッッ!! と地響き。

 あと数歩、先に進んでいれば、

 コンクリートの下敷きになっていただろう――確実に。


「なんっ――!?」


「いい加減にやめなさいっ!」


 まるでお母さんの説教のように、巡の声が辺りに響いた。

 隣には花もいる。ということは……、

 と、コンクリートの塊が降ってきたのは、花の力だということが分かった。


 男二人が文句を言うよりも前に、巡は続ける。


「これ以上、二人で傷つけ合うことも、町を壊すことも、この私が許さない。

 ほら、襲麻は拳銃をしまって。い、壱加も――って、睨まないでくれるかなぁ!?」


 ぶんぶんと手を左右に振って、壱加の視線を薙ぎ払う仕草をした巡。

 壱加はそれを見て、睨みつけることをやめた。――からの質問。


「そういえば、てめぇは誰なんだ? 見たことねぇ顔だ。

 けど、花と襲麻を知っている。それに、打ち解けてるようにも見えるけどよぉ」


 そういえば、自己紹介をしていなかった気がする。

 この少年が、会話に度々出てきた、『壱加』だということを、巡は少し前に知った程度なのだから仕方ないのだが。


 すると、巡が言うよりも早く、襲麻が全てを説明した。

 これから引っ越してきて、一緒に住むこと。

 巡が持つ異常のこと――昔、施設にいたことを。


 それを聞いても、壱加は特に興味を示さなかった。

「ふーん」とか「あっそ」とか。そんなものだった。

 巡としては、過剰に興味を示されても困るので、

 まあ、このくらいがちょうど良いかな、と文句を言う事はない。


「で、やめなさいと言われて、『はいそうですか』とやめると思ってんのか? 

 オレはコイツをぶっ飛ばさないと気が済まねぇんだよ」


 ぎりり、と壱加の拳に力が入る。

 その時の音が、巡の耳にも届いた。

 それほどまで怒りに満ちているのか。

 元凶は? と探した巡は、襲麻をじーっと見つめる。


「いやー、色々とやったから。そんなにじーっと見られても、答えられることなんてなにもないよ。壱加が怒ってるのは当然だな。全部、俺のせいだ。俺があいつを利用し過ぎただけだよ」


 利用と言うが、恐らく巡が感じている利用と襲麻が言う利用の規模は違うだろう。


 それよりも、今にも襲ってきそうな勢いの壱加をどうにかしなければいけない。

 というわけで、巡は一か八かの、奥の手を出すことにした。

 切り札と言うにはあまりにも弱いカードだ。

 しかし、男の子にとっては強力な餌になるのではないか。


「……今日、まきさんになに食べたい? って言われて、私は『まきさんの得意料理』と答えた。得意料理と言うだけあって、きっと美味しいわよ――いや、絶対に美味しい。

 雰囲気とか立ち振る舞いで分かるもの。あの人は料理上手よね?」


「なにが言いてぇんだ」


 壱加が遮る。

 巡は続ける。


「じゃあ色々と、過程をすっ飛ばして本題にいくとして。

 ――これ以上続けるつもりなら、あんたたち二人とも、晩御飯なし」


「…………」


 別に構わない、と言いたいところだが、案外きついものだ。

 しかも今日だけではないだろう。このまま永久に、抜きの可能性がある。

 どうやら、ここでやめておくのが得策のようだった。


 壱加も襲麻も、鳥巻の料理の上手さを知っているため、いらないなんて言えるはずもない。


 ちっ、と壱加は舌打ちをして、


「もういい、オレは帰る。襲麻をぶっ殺す気分でもなくなったしよぉ」


 うーん、と襲麻はなにかを考えながら、


「ま、今日はこのくらいにしておくか。壱加を挑発して、全てをあいつになすりつければ、あいつだけが晩飯抜きになるかもしれないけど……、俺にかかるリスクも多そうだしな」


 未だに壱加を貶める計画を立てていた。

 だが、リスクを考えて実行には移さなかったようだ。


「それに」と、巡は襲麻と壱加、二人に、前置きとして言った。

 そこから続く言葉を言えば、もしかしたら壱加は怒るかもしれないし、襲麻だって軽く受け止めることはないだろう。これから暮らすのに、大きなしこりが出来てしまうかもしれない。

 けれど、巡の正直な意見だった。



「殺しは、結局のところ、逃げなのよ。人からも自分からも。

 逃げることは、弱者がすること――と言ったら、言い過ぎかもしれないけどね。

 でもそうでしょう? だって、殺しは最善じゃない。

 妥協でしかない。それを実行してる時点で、諦めに負けてるじゃないの」

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