第13話 襲麻vs壱加 その1
前進する壱加。
後退する襲麻。
攻めと守り。
追う者と追われる者。
関係性はそんなものだ。
だからと言って、襲麻が劣勢というわけではない。
逆に、襲麻の方が押していると言えるだろう。
今まで、同じようなことを繰り返してきた二人だが、勝負がしっかりとついたことはない。
襲麻がはぐらかしたり、壱加が暴れ過ぎたり、不運や気分的なことで決着はついていない。
だから今でもまだ続いている。
どこでも見境なく戦いが始まるわけではないが、小さなきっかけで起動してしまう。
その程度には、緩いものだった。
だからこそ、花ももう諦めている。
二人の仲が悪いのは分かり切っていることだし、それは町全体に知れ渡っている。
二人の戦いの騒動をイベントかなにかと勘違いしている者もいれば、それを勝手にイベントと括っている者もいる。この町の特徴として挙げることができるものになっていた。
誰も止めようとしない。
それは『しない』のではなく『できない』ということだが。それは花でもできない。
一元でも無理だろう。
第三者が二人を止めようと動いたとして、普通ならばこの時点で諦める。
しかし、巡は引かない。
叫んで、気持ちをぶちまけて、二人を止めるために立ち上がった。
「ちょ、ちょっと! まさか止めるつもりなの!?
やめなさいよ! 巻き込まれて死ぬわよ!?」
「じゃあ、あれを黙って見てろって言うの?」
壱加は地面に固定されている信号機を引っこ抜き、襲麻に向かって投げた。
剛速球と言えるほどの勢いと速さ。――洒落になっていなかった。
迫る危機に向け、襲麻は身を捻り、信号機を躱す。
最小限の動きで、一番、疲れないような運動の仕方で。
信号機は襲麻の後ろの地面を削りながら滑っていき、
道の端に止まっていた車に突撃して、勢いが消えた。
がらん、と信号機が道路に倒れる。
経験や知識が襲麻の方が勝っているからこその対応だ。
壱加の癖や、性格から分かる行動の傾向を、襲麻は調べあげている。
苦手であり、相手の方が強いからこそ、調べあげる。
突出したものがない襲麻が壱加に負けないように戦えたのは、
理由としてはそれが一番、大きかった。
楽しむように微笑む襲麻。
それを見てさらに苛立ちを募らせる壱加。
二撃目が放たれそうな予感だった。
「……あれがいつもの日常、それが嘘だとは思わないわよ。
だって二人とも慣れているもの。でも、もしこんなことでどっちかが大怪我をして、死んでしまったらどうするの? そんなの、私は嫌だ」
「そんなこと、滅多にないわよ。それに襲麻と壱加にあるわけがない。
そんなことまで心配してたら身が持たな――」
「自信を持って、言える? 絶対に死なないって。
いつも通りに帰ってきてくれるって。私にじゃなくて、自分自身に誓える?」
言葉が出ない。
花だって無理やりに言い聞かせていた。二人ならば大丈夫、あれだけ敵対していても、勝負がついたとしても、なにもなかったように家に帰ってくると。
――ただ、そう言い聞かせていただけ。
本音を言えば、心配で心配で、不安でたまらなかった。
その支えを、巡に崩された。
「私は、誓えない。花が誓えたとしても、私は誓えない。だから止める。やり方なんていくらでもあるんだから。なにもしないで現実が進んでいくよりは全然いい……、全然マシ」
花の横を、巡がすっと通り過ぎる。
まったく、嫌になる。新しくきた新人が早くも自分を追い抜いていく感覚。
花ができなかったこと、しなかったことを簡単にやってのける。
……嫌でも嫉妬してしまう。
だから、追いつきたいと思った。
だから花は、巡の背を追った。
そして追い抜いた。巡の進む道を邪魔するように、立ち塞がった。
「勝手に決めて勝手に行かないでよ。誰が行かないって言った? 誰が、誓えないなんて言った? あたしは誓えるわよ。二人を信じてるから誓える。
でも、それとは別で、これ以上、怪我なんてしてほしくないから、それだけだからっ!」
二人を止める理由はそれだけ。
――素直じゃないな、と巡は微笑んで、
「花……うん、それでいいよ。それで充分」
巡も花も、覚悟が決まった。
戦争の中心地に丸裸で突撃するくらいの危険性を伴うが、男二人のためを思うならば、安過ぎる危険だった。この程度のリスクで、躊躇う理由はない。
―― ――
(――さて、信号機を避けたのは結構、運が関わっていたけど、壱加のパターンは読めてるからな……うんうん。一撃目、それさえ見極めてしまえば、後はこっちのものだ)
襲麻の頭の中で、壱加をどう料理しようか、という計画が練られていた。
もちろん本気で殺す気などはこれっぽっちもない。
あくまで襲麻の感覚で、だが。
殺さないにしても、両手足をもぎ取るくらいは考えている。
(あー、うざってぇ。信号機でもダメか。
あいつにオレの拳が馬鹿正直に当たるわけがねぇし……、
なら、もっと速く、もっと強く――、
あいつが避けられねぇもんを投げ飛ばせばいいだけだ――)
壱加は地面に向かって、思いきり手を突っ込んだ。
手の形はまるで――というかそのまま手刀だ。
普通、突き指とか、爪が割れたりとか、激痛が走るほどのものだが……、壱加はそんなもの気にしない。気にしない以前に、痛みが走ることなどない。
地面に指を突き刺そうと、壱加にとって硬いコンクリートは、粘土と変わらない。
突き刺した指を、地中で蠢かせる。
そして、ボウリングのボールを持つような形で、コンクリートを地面から引っこ抜いた。
地面の抵抗は壱加には通用せず、きれいに、すっぽりと、呆気なく姿を現す。
立方体が少し崩れたような形をしていた。
――まぁ、形がなんであれ、コンクリートの塊が飛んでくるというのならば、それだけで脅威だ。当たって『痛い』で済むはずがない。
ぞくりとした襲麻は、なにかを盾にして攻撃を防ごうと移動を開始する。
さすがにあんなもの避けられない。避けたとしても、その後で遅れを取る可能性がある。
(ただの塀や壁じゃあ、防げない――なっ!)
ただの壁じゃ防げない。
分かっているが、特殊な壁なんてものがこの場にあるはずもなく、ただの壁でがまんするしかない。破壊されることを分かっているのと、分かっていないのとでは、天と地ほどの差がある。
分かっていれば、覚悟を決められるし、対策ができる。
デメリットの中に、メリットは存在するのだから。
「そんなところに隠れたって無駄だ。そんな柔らかいもん、突き破ってお前を食い潰す。
――てなわけで、さっさと潰されろ、襲麻ぁ」
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