第20話 接触 その2

 それは八本足だった。

 それはメタリックな黒色をしていて、恐らく、鉄でできているだろうということが分かった。


 まるで昆虫――、いや、蜘蛛を巨大化させたような見た目であり、

 全体的に丸みを帯びている。


 それのおかげか、機動力があった。

 滑るように壱加に迫っていく――。


 壱加がなにかを言う、感じるよりも早く、八本足の一つが、勢いに乗りながら大きく振り上げられた。壱加の頭蓋をかち割るために――ゴォッ! という風を切るような音と共に、振り下ろされる。驚きはもちろんあった。だが、壱加の反応を遅らせるほどのインパクトはなかった。


 ガンッッ! と振り下ろされた一本の足から、ハンマーで鉄を殴ったかのような音が響いた。

 それは、壱加を叩き潰した、という音ではない。

 その逆。壱加が迫る足に、攻撃を一発、衝突させた音だった。


 直後、少しの違和感があったので壱加は自分の腕を見下ろす。

 違和感の正体。殴った右拳が、赤く腫れ上がっていた。


「ちぃ、硬ぇな。それに痛ぇよ。

 どんな物質を使って作ってやがるんだ、この兵器はよ」


 蜘蛛のような形をした兵器――、見た目からして、それは想像できる。

 だが、それだけで兵器だとは、まだ確定できない。


 しかし、壱加はドラゴンファミリーとして色々な『人を殺すための道具』というものを、人一倍、見てきたつもりだ。その壱加が言っている、こいつは、兵器だ――と。


 雰囲気。匂い。兵器と確信を得るための要素は、充分に揃っていた。


『ギ、ギ』と、蜘蛛の兵器から声のようなものが聞こえた。

 壱加によって喰らった一撃は、中身に充分、伝わっていたらしい。

 蜘蛛は大きくのけ反り、ひっくり返るように地面に激突するかと思いきや、逆さまになっても変わらず、通常と同じように地に足をつけて立っていた。


 そういうことか、と納得する。


「前と後、上と下。どちらになろうが、どうなろうが、体勢を崩すわけがないってか。

 その丸みを帯びたボディは、そういうことかよ。しかも――」


 壱加を警戒したのか、蜘蛛は大きく跳ねて、


「壁面走行までしやがるとは、こりゃ、ますます厄介なもんだな」


 蜘蛛は建物の壁に張り付き、壱加を見下ろす。それを壱加は見上げる。

 厄介だ、確かに厄介。しかし、そんなことを言う壱加の顔に、苦戦しているという感じはない。どんな手でこようが、返り討ちにできる。

 ――そういう自信と余裕が感じられる。


 両者は動かない。

 先に動いたのは、蜘蛛の方だった。


 後方にあるジェットエンジンを使用し、爆発的な加速力を出す。

 時速三百キロを越える速度で、壱加の元へ突っ込んだ。

 小細工も工夫もなにもない。真正面からの一撃勝負。


 力と力。壱加にとって、これほどいい対戦方法はない。


「その度胸、称賛に値するな。

 いいぜ、こいよ。手加減なんてする方が失礼だろうがよ」


 ほんの一瞬の間だった。

 ドッッ! と、押さえた爆発音のようなものが聞こえた。

 兵器と人間の衝突。鉄と肉がぶつかった鈍い音。結果など、見るまでもないだろう。


 ――蜘蛛の全体重がかかった一撃を、壱加はあっさりと、片手で受け止めていた。


 今更、驚くことでもない。

 常識的に考えて、人間単体が兵器に勝てるわけがない。

 それが兵器と正常な人間との戦いならば、だ。


 しかし壱加は正常ではなく、異常だ。

 兵器を正常とするならば、正常vs異常という戦いになったということ。


 常識的に考えて、正常が異常に勝ることなど、できやしない。


「終わりかよ。わざわざ喧嘩を売ってきて、結局これか。こんなんじゃあ、そこら辺にいる不良と変わりゃしねぇ。戦いの規模が変わっただけで、内容なんか同じなんだよ。

 ……もういい、前置きが長ぇんだよ。

 本命を出すなら出しやがれ。じゃねぇと、メインの前に死ぬことになるぜ、てめぇ」


 メキメキ、と蜘蛛を押え付けていた壱加の手に力が入る。

 握っている蜘蛛の額に、どんどんと壱加の指がめり込んでいき――、表面の鉄、つまりは皮膚を一部、剥ぎ取ることに成功した。

 そのできた小さな穴を広げるように、腕を突っ込む。

 そして、中にある大きな『なにか』を掴んだ。


 これは、なにか重要なものだとしたら、都合が良い――。


 壱加は同じように、握り潰した。

 それはエンジン。兵器を動かすための、最重要の部分。

 炎が噴き出す、蜘蛛が悲鳴を上げる。

 それぞれの部分がバチバチと、音を立てていく。そして巻き起こる――爆発。


 爆風が狭い路地を通り抜ける。


 爆炎が舞い上がっていく。


 爆心地では、なにも変わらずのん気に立ち上がる壱加の姿があった。

 服についた少しの汚れをぱんぱんと手ではたいて落としながら、彼はなにかを待っているように、突っ立っていた。


「やべ、もしかして、もしかすると、やり過ぎたか?」


 いつものような建物に大穴を空けるとか、破壊痕をつけるとか――など、可愛く見えてしまうほど、今回のはやり過ぎたと自覚している壱加だった。

 これは小言じゃ済まないだろうなと説教のことを考えて溜息をついていると――ぶん! と誰かのかかとが、壱加の鼻先を通り過ぎていった。


 反射神経に助けられ、なんとか無傷――とはいかなかった。

 つー、と、鼻血が出てくる。

 どうやら、完全に避けられていたわけではないらしい。

 かすった程度だ。

 だが問題は、かすった程度で鼻血が出るほどの脚力を持った者がいるということ。


 いつの間にか目の前にいた、真っ黒な戦闘スーツを全身に纏う、フルフェイスのヘルメットを被る誰か。身長は壱加と同じくらいか。ということは、襲麻よりは大きいということになる。


 正体などに興味がない壱加は、さっきと同じように笑っていた。


 無邪気に、小さな子供のように。

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