第11話 大家族

 この家になぜか二つある階段を上がり、二階へ辿り着いた。


 二階の廊下、一番近いところの部屋の扉には、『花』と書かれたプレートが引っ掛かっていた。奥に向かうように、花の隣にある部屋の扉には、『襲麻』と。

 その奥の扉には、『壱加』と。


「……なんだか、兄妹みたいな部屋の分け方ですね。大家族っぽいです」


「その予想は間違っていないわよ。実際、大家族だしね。今はいないけど、というか滅多に帰ってこない人が多いけど、それでも家族に変わりないから。

 たとえ部屋がなかったとしてもね。

 まあ、基本、路上で寝てても平気な人達だから、心配はないだろうけど」


 はぁ、と溜息を吐きながら鳥巻が言う。

 心配はないだろうけど――そう言うが、顔を、表情を見れば、一目で分かる。

 心配で心配で仕方がないような雰囲気だ。

 大家族のお母さんっぽい立ち位置にいるのが、彼女、鳥巻なのかもしれない。


 それはさておき。


「この流れでいけば、壱加っていう子の隣の部屋が、私の部屋ですか?」


「ええ、そうよ。荷物は、そんなに多くはないわよね。

 今は無理だけど、今度、家具を一式、買ってあげる」


 ちなみに。

 引っ越し先の契約が破棄された時に、引越センターとの契約も破棄されていた。

 その時に預けていた荷物の行方は知れず、連絡も取れない。


 巡の手元にあるのは、財布とかスマホとか、バッグに入る小物程度しかなかった。


(……一元と襲麻の仕業なんだろうけど、やり過ぎな感じがあるのよね。

 仕方ないって、分かってはいるんだけど……)


 全てを知っている、理解している鳥巻としては、巡に罪悪感があった。

 実際に手を加えていないとしても、黙っているだけだとしても、

 心臓がギュッと、握られたように苦しくなってくる。


 だからこそ、家具を一式揃えてあげるくらいのこと、

 してあげないと自分の気が収まらない。


「ありがとうございますっ。じゃあ今度お願いしますね」

「あ、うん。それと――」


「はい?」


「私には敬語なの? 別にタメ口でもいいのに」


 巡は「いえ」と断って、


「あの人にタメ口なのは、憧れていないからです。それに、尊敬もしていないです。

 あ、でも、年上で、先輩で、恩人というのは理解していますよ? 感謝だってしています。

 でも、それは別として。私は、鳥巻さんに憧れているし、尊敬もしているし、こんな人になりたいなぁって思ってるからこそ、敬語なんですよ。

 恐いとか、そういうことじゃないですよ? だから安心してください」


 あの人――、というのは、一元のことだろう。

 一元にタメ口で、自分にはタメ口じゃない。それは自分のことを、仲間として認めていない、と不安だった鳥巻だが、違かったようだ。


 憧れている、尊敬している、そう言われて悪い気はしない。

 そう言われて、それでもタメ口にしてくれとは言えなかった。


「分かったわ。好きなように呼んでね。これからよろしく、巡」


「はい、まきさん」


 そうあいさつをして、鳥巻はある提案をした。


「花も襲麻も、たぶん部屋から出てこないと思うから。声をかければ出てくるとは思うけど……用もないのに動かすのもね。というわけで、良い機会でしょ。

 この街を見て回ってきたらどうかしら。

 色々と発見できると思うし、道を覚えるためにもちょうど良いんじゃない?」


 うーん、と考える。

 ――拒否する理由は見当たらなかった。


「じゃあ、行ってきます。まきさんはどうするんですか?」


「いつも通りに、洗濯とか、夕飯の用意をしておくわ。

 あ、食べたい物とかある? 私の力を越えない程度の料理なら作れるわよ?」


 じゃあ――と言いかけたが、特に思いつかなかった。


 なので、


「まきさんの得意料理、とか?」


「了解」


 巡の注文にそれだけを返して、鳥巻はすぐにキッチンへ向かってしまう。

 なんの料理が出てくるのか、今日の夜が楽しみだった。


 ―― ――


 外に出てから気づいたことだが、鳥巻に街を案内してもらえば良かったと少し後悔。

 女同士ということで、花でも良かったが。

 ――とにかく襲麻はないな、と一発で判断した。


 男だし、なぜか理由はないけれど、借りを作っておくのはマズイと感じていた。

 この先、一緒に過ごすのだから、借りを作ってしまう状況はあると思うが……、

 その時のために取っておくか、と納得させた。


 そんな調子で歩いていくと、商店街が見えてきた。

 テキトーに歩いていたつもりだが、どうやら来た時と同じ道を通っていたらしい。


 来る時に通った道を逆から進むと、同じ景色でも、見えるものや感じることは違う。

 同じ道だということに気づくのに、結構な時間がかかった。

 景色としては、新鮮な雰囲気だった。


(来た時と同じ道……、確かに安心だけど、つまんないね。どこかで曲がってみようかな)


 商店街の中では大きい方なのだろうか、スーパーマーケットがあった。

 そこの道を曲がって、商店街からはずれる。

 ここからはもう、未知の領域だ。


 真っ暗な洞窟を手探りで進む――そんなドキドキ感があった。

 恐いという気持ちはあるし、不安という気持ちもある。

 しかし、そんな感情を越えるような、期待の感情もあった。


 なにかがあればいいなとか、なにかが起こればいいなとか。

 でも、だ。

 期待していて、それを神様かなにかが叶えてくれたとしたならば、感謝よりも先に、なんでこんなものを――と、文句を言いたくなってくる。

 そんな光景が、目の前にあったのだから。



「まただ……さっきみたいな、破壊痕だ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る