第10話 虎組
今の襲撃――、普通ならば詳しく話を聞かせるべきだが、
一元は「そんなことどうでもいいだろ」と言わんばかりの態度だった。
今はさっきの爆発、銃声、戦闘のことなど会話に出ずに、世間話に花を咲かせている。
それを当然のことだとばかりに周りが適応しているので、
巡は「自分がおかしいのではないか?」と不安になってきた。
感覚が、ゆっくりと麻痺してきているのだろうか。
死体のことも、今は場の雰囲気のおかげか、一旦忘れることができていた。
「――さて、よく来たな、巡。
久しぶり、と言うほど親しくはなかったよな」
一元が三杯目のお茶を飲み干したところで、そう切り出した。
花と襲麻の世間話から、いきなりのパスだったので、巡は少し戸惑っていた。
「えっと……まぁ。というか、全然、昔のことなんて覚えていないです。
私の中では、人生はあの『保護施設』から始まったようなものですから」
「ふーん……そうか。意識的にしろ、無意識にしろ、覚えたくない記憶を消しちまってるってことか。納得はできるわな――共感もできる。あの環境のことをずっと心にしまっておくのは、なかなかできることじゃねぇ。責めちゃいない。普通なら、そうなるのも頷けるしな」
はぁ……、と巡は頷いておく。
少し前までは色々と聞きたいことがあったし、二人でじっくりと、話しておきたいこともあった……だが、ついさっきの戦闘で、そんなこと、頭の中からすっぽりと抜けていた。
一元から放たれている、無意識に威圧が、巡を縛っている。
そんな風に感じてしまう。緊張で、体が思ったように動かない。
「そんなにカチコチにならなくていいぞ。楽にいけ、楽に。
でも、お前は元々、そういう性格なのかもしれねぇな。だとしたら、お前は被験者にしては、相当に普通だ。異常にしては普通。普通にしては異常――そんなところだろ。
他の奴らにも見習わせてぇな。礼儀がきちんとできてるんだからよ」
一元が、ちらりと花を横目で見る。
「……なんであたしの方を見るのかしら? キモいからやめてくれる?」
「ほらもう、そういうところだよ」
一元は頭を抱えた。
期待など、するだけ無駄になりそうだ。
「一元。そういうのはいいから、説明を。
なんだかんだと煙に巻いて流そうとしてるけど、さっきの襲撃のことも含めて話して頂戴」
鳥巻の優しい、しかし多少の苛立ちを含んだ言葉の調子に、一元は身震いした。
話すのは面倒で苦手だが、自分がやるしかないのだろう。
諦めて、こほん、と仕切り直す。
「じゃあ巡のために、説明でもしとくか。知ってるとは思うが、俺は辰実一元。
この『ドラゴン・ファミリー』を作った男であり、リーダーだ」
そんなこと知らねぇよ――と思った巡だが、口には出さない。
「ドラゴン・ファミリーってのは、なんつーか、簡単に言えば、『裏の世界』の人間の集まりって言うのかね――色々と、表ではできないような仕事を受け、金を稼ぐ。
他にも、無駄な事件が起こらないように、ストッパーの役割もある。
普通の感覚なら、やりたくてやるような仕事じゃねぇよ」
表が、太陽の日が当たる日向だと言うのなら、
裏は、日の当たらない日陰と言ったところか。
日陰ならば、殺しや非合法な陰謀が蠢いていても気づかれない。
そんな場所を、表と同じように整えるのが、一元の目的だった。
「裏にいる人間や組織はもちろん、俺達だけじゃねぇよ? 他にもいる。
さっきみたいにいきなり襲撃されることもあるんだ。ま、さっきのは稀だけどな」
「さっきのって、虎組とかなんとか、言ってたよな?
もしかして喧嘩を売られてる感じ?」
襲麻が、興味なさそうな顔で、大あくびをしながら聞いた。
「虎組の意思じゃないだろうな。あれはいきなり喧嘩を売ってくるような奴らじゃない。
裏のさらに裏で動いて、じわじわと追い詰めていく奴らだ。
こんな手を使ってくるわけがない――、
まぁ、襲ってきたのは下部組織の誰かの独断だろうな。
どんな組織だったか、どんな奴らがいたのか知らないけど、いま、色々と調べさせているところだからな、分かり次第、話すけどよお――」
どうする? 詳しく聞くか? ――というのが、一元の顔に出ていたのか、襲麻はそう問われるよりも先に「いい。あんまり興味はなかったから」とテキトーに呟いた。
「あっそ……」
がっくり、と、そんな音が聞こえてきそうなほどに、一元が肩を落としていた。
すると鳥巻が口を開く。
もしかして慰めてくれるのか?
そう思った一元だったが、今までの経験からしてそれはない。
「ってことは、ここにいないみんなは、虎組に行ってるの? それってマズくない?
そんなことに人員を割いていたら、
後々、面倒くさいことになったり、後悔することになるわよ?」
「そん時はそん時だ。別に、虎組に全員を行かせてるわけじゃねぇよ。
虎組には
「……壱加の負担が大きいと思うけど……でも、あいつなら別に大丈夫かもね。
疲労とか、感じない奴だものね」
どんな奴だ、と思わず突っ込みたくなる。
突っ込みはしなかったが、その壱加という――少年? が、気になったので、
巡は聞いてみることにした。
「その、壱加っていうのは、誰なんですか……?」
「うん? 気になるか?
まあ、教えてもいいけどなぁ、条件がある」
ぴくん、と巡の体が反応した。
今なら断ってもいいラインだが――まだ逃げられるが、巡は引かなかった。
これは直感だが、
その壱加という人物のことは、よく知っておいた方がいいだろう、と本能が騒いでいた。
うるさいほどに、ざわざわと、不吉な予感がした。
「条件って……?」
「その敬語をやめろ。これは単なる俺のわがままだ。だから、こっちに合わせてくれ。襲麻も花も壱加も、俺には敬語じゃないんだからな。部下にもそう言っているし――ま、実行してくれる奴は少ないけどな。部下はさすがに、あいつら側が許せなかったんだろう……、
それは見逃しているが、お前はそんなこと、考えなくていい。
自分のありのままを晒け出せ。それが条件だ」
……巡は少し考え、
「分かった。じゃあこれからは、タメ口で話すことにする」
緊張が解けたのか、さっきまで一元の威圧に縛られていた巡の体が、今では軽く動く。
口もよく回ってきた。そして都合良く、『あのこと』も思い出す。
「それじゃあ色々と教えてもらうとして。
その前に、私の個人情報を知っている
どうやって調べたのかどうかとか――洗いざらい、吐いてもらうけど、いいかな?」
ニッコリと笑顔。
――追加で握り拳。
一元は思う。
新たな敵を味方として増やしてしまったことに、多少の後悔を感じていた。
―― ――
結局、一元を問い詰めたところで、欲しかった答えが返ってくることはなく、
彼の慣れた手つきで、上手くはぐらかされてしまった。
そんな一元は、
「あ、そう言えば用事があったんだ」と、
一発で分かるような嘘をついて、部屋を後にした。
追いかけようとしたが、今の自分の話術では、一元から欲しい答えを引き出せるはずもないと直感した巡……、仕方なく、おとなしく座ってお茶でも飲んでいることにする。
――部屋には鳥巻と巡だけ。
いつの間にか、襲麻と花の姿が消えていた。
たぶんだが、巡が一元のことを問い詰めている間に、どこかに行ってしまったのだろう。
夢中だったので、出て行った音すらも、巡の耳には入っていなかった。
「ん? 襲麻と花なら、自分の部屋にいると思うわよ?
二階。あ、そうそう、巡の部屋も二階になるから、ちょうどいいし、案内するわ」
鳥巻に、ちょいちょい、と手で誘われて、巡が立ち上がる。
飲みかけだったお茶を、一気に飲み干して、シンクに置いておこうとしたら、
「いいからいいから」と鳥巻に言われたので、
そのコップを、
爆発から身を守ってくれた命の恩人である黒く、薄く汚れているテーブルの上に戻した。
「本当に、巡はお行儀が良いわね。大切に育てられたのがすぐに分かるわ」
「そんなことは……」
と言ってみたものの、自分を育ててくれた人が褒められているというのは、素直に嬉しい。
思わず笑みがこぼれてしまう。
「その笑顔は貴重よ。大切にしておきなさい」
「…………?」
よく意味が分からなかった、が、
「……はい」と返事をした。
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