第9話 襲撃は日常茶飯事
「え? ――あ、待って」
巡は置いて行かれないように、慌てて走って襲麻達を追いかけた。
その途中、庭の中で破壊痕を見つける。
一か所の地面が大きく凹んでいた。しかも拳の形。
さっき見た団地の、吹き飛んでいた部分が思い出される。
なんだろう? ――ものすごく酷似していた。
(…………?)
しかし、深く考える間もなく、玄関についてしまった。途中段階だった思考が、無理やりに終了させられる。このままだと記憶からすっぽりと抜けそうだが、仕方ない。
襲麻が勢い良く玄関の扉を開け、
襲麻、花――の後ろに続いて巡も家の中に足を踏み入れた。
「帰ったぞー!
――って、誰もいないのか……」
「そんなわけないわよ。
今日なにかあるわけでもないし……みんなで買い物、かな?」
すると、家の中には気配があった。
居間の扉が開けられ、一人の女性が顔を出す。
女性はメガネをかけていた。
茶色の髪を、ポニーテールに結んでいて、
襲麻達を確認すると、いつものあいさつをする。
「おかえりなさい。……? その子は?」
びくっと体を震わせたのは巡だった。
いくら招かれたと言っても初対面で、しかもこれからお世話になる間柄。
第一印象というのは結構重要。ここで失敗はしたくない。
だからこそ、緊張というものが、巡の体をいつも以上にぎこちなくさせていた。
「あれ、父さんから聞いてないの? 今日、この家に引っ越してくる子だよ。
自己紹介は、まぁ、二人でやって。そういうのは仲介しない方がいいかなって」
気遣いどうも、と、巡が心の中でそう呟く。
さて。襲麻は丸投げだし、花は元々助けてくれるはずもない。
少し緊張するが――、自分から踏み込むしかないようだ。
「えっと、今日からお世話になる、御門巡です。よろしくお願いします――」
「こちらこそ。私は
うん。それはその時で。ほら、そこに突っ立ってないで、入ってきなよ。
今は家の中に私しかいないから。お茶でも淹れてあげる」
途中、見逃せないような単語が出てきた気がしたが、しかし考えている間にも、鳥巻は部屋に入ってしまっていた。
いつまでも突っ立っているわけにもいかないので、靴を脱いで上がることにする。
鳥巻が部屋に引っ込んだことで重荷がはずれたのか、部屋に向かう廊下で、今まで黙りっぱなしだった花が、こそこそと耳打ちをしてきた。
「……優しそうな雰囲気を出してるけど、気を付けた方がいいわよ。
まきさんは、この家で一番、恐いから」
声を殺して、こそこそと話しているつもりだったのだが、
「花ー、余計なことを言わないのー」
鳥巻の耳にはなぜか届いていた。
なんという地獄耳。巡は生唾をごくりと飲み込む。
花の言う通り、この家の強者を理解しておく必要がありそうだ。
「はい、お茶。冷えた麦茶が良かった? でも、こっちの温かい方が美味しいのよね。
というわけで文句は聞き入れません。こっちを飲んで満足しなさい、以上」
「別に文句なんて最初からないけど……、
それよりも父さんはどうしたの? どこに行ったの?」
居間では、襲麻が既にお茶をすすりながら、座ってのんびりと過ごしていた。
巡と花もそれに倣って床に座り、テーブルに置いてあるコップ――、
湯気が立ち上っているのを、飲んだ。
きょろきょろと部屋を見渡すのも失礼なので、あまりオーバーには見れないが、巡は目線だけで部屋を見渡した。普通だった。タンスがあり、テレビが置いてあり、
和室には似合わない家庭用ゲーム機が置いてあったり――普通なのだが。
そんな普通をぶち壊すかのように、それはあった。
まるで、雑に、テレビのリモコンのように――、
手が届く範囲に、拳銃が置いてあった。
「――っ」
驚きを口には出さなかったが、表情には出ていたらしい。
巡が目を逸らした先には、鳥巻の瞳があり――目と目が合った。
鳥巻は、ふふふ、と不気味に笑う。
「気づいちゃった?」――とでも言いたそうだ。
「不安? それともトラウマを思い出させちゃった? でも、ここに住むって言うのだったら、慣れておかないときついわよ? 殺しに一番、近い日常、それがここだから」
一瞬、なにを言っているのか理解できなかった。
殺し? 日常? 絶対に組み合わさることがないもの同士のはずなのに。
巡がなにを言うか、戸惑っている時――ぴくん、と。花がなにかに気づいたのか、勢い良く席を立つ。そして片手を宙に上げ、異常を使用した。
コップが乗っているテーブルを宙に浮かせ、
部屋にいる全員を防ぐように、外の方向に向かって盾として設置した。
コップは倒れ、落ち、中身が地面にぶちまけられたが、気にしていられない。
判断は正しい。
その盾がなかったら、部屋にいる全員は、恐らく吹き飛んでいただろう。
パリィン! と窓ガラスを割って飛んできたのは、野球ボール――ただし見た目は、だが。
その正体は爆弾だった。
ピッピッ、と音が鳴っていることから、時限式なのだろう。しかし、飛んできて地面に落ち、そこから蹴って外に放り出すことができるほど時間に余裕があるわけではなかった。
爆弾の時間は、ぴったりと合っている。
ガラスを割り、空中で爆発するように、充分に練られた計画と予想できる。
ならこの襲撃は偶然ではなく、必然か。
野球ボールが起爆した。
爆風や衝撃は盾となったテーブルが代わりに受けてくれた。
襲麻達に被害はないが、攻撃がこれで終わるとは限らない。
動かなければ死ぬ。そう感じた花だったが、
「このままでいいわ! 花、今は身を守ることに徹しなさい!」
鳥巻の声が響く。
しかし、危険を感じた花は素直に従うことはできずに、聞き返した。
「でも――」
「いいから。これで、いいから」
このまま爆風を耐え続けるメリットがまったく分からなかった花だが、鳥巻がそう言うのなら、そうなのだろう。デメリットがあったとしても、それ以上のメリットがあるのかもしれない。それとも、守り続けることに意味があるのか。
部屋の中で爆発した時の煙が晴れる前に――銃声が聞こえた。
部屋に落ちていた拳銃を誰かが拾って撃ったのか? いや、違う。音は外から聞こえた。
銃声とほぼ同時、悲鳴が聞こえる。まったく知らない男の声だった。
そして、その悲鳴を遮るようにして――、巡は知らないが、それ以外の者には知り過ぎているほどに知っている男の声が聞こえた。
「ギリギリセーフだったか?
悪いな、まき。お前のことを囮にさせてもらった。……怒るなよな」
煙が晴れてくる。男の言葉に、「はぁ」と溜息をつきながら、
しかし安心したように鳥巻も言葉を交わした。
「……まぁ、囮にされそうな気はしてたけど……それで? そいつはなんなの? 一元」
一元――、辰実家『ドラゴン・ファミリー』のリーダー。
サングラスを頭に乗っけて、アロハシャツを着ている。
手には拳銃が握られており、服には血痕がついていた。
そんな彼は、まるでコンビニに行った帰りような、ノリの軽さだった。
「ん? ああ、
目的は知らないけど、俺達を潰そうとしてたみたいだ。
だから殺しておいた。一人を逃がしちまって――コイツのことをさ」
もう動くことのない死体を、こつんと足で小突きながら、
「でももう安心していいぜ。
大元の組織自体は、壊滅させておいたからさ」
笑顔で言い放つ一元を見て、巡は息を飲むことしかできなかった。
死体を見ないように、目を逸らすようにして。
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