第8話 辰実家

 ふん、とそっぽを向かれた。――あれ? もしかして怒ってる? 

 だとしても、原因が分からない襲麻としては、一応謝っておく、という対処しかできなかった。これで花の機嫌が直るとは思えない。


 すると花の様子を観察していた巡が思わずというか、

 あっ、と声を出してしまったのと同じ感覚で、言った。


「私が来たから、もしかして嫉妬して――」


 ばばっと、花の動きが見えなかった。

 速過ぎて認識できなかった、ではない。

 巡の死角から潜り込んで、花が巡の口を両手で塞ぐ。ただそれだけだった。


「な、なによいきなり!」


「嫉妬? そ、そんなわけないわ。襲麻があんたのことを調べてて、

 それにずっと夢中だったって知ってても、別に嫉妬なんてしてないけどねっ!」 


 分かりやすい。分かりやす過ぎて、笑えるレベルだった。


「ちょっと、なにを笑って――」


「いや、ごめんごめん。なんだかなぁって。

 さっきまで簡単に人を殺そうとしてたし、私も人のことを言えないけど、おかしな力を持ってるし……、普通の人と違うものだと思ってたのに――同じじゃん。なにも変わらないよ。

 普通に学校に行って、だらだらと過ごして、家に帰って、ご飯を食べて寝る。

 そんな毎日を送っている普通の人と、なにも変わらないんだなぁって思って」


 なにも変わらない。同じ人間なのだから――、

 人間兵器とか、商品とか言われても、やっぱり基本的には人間という基本から作られているのだから。嫉妬だってする。誰かを好きになる。逆に嫌いにもなる。だから、なにも変わらない。


 すると、襲麻がじゃれ合う二人を見て、安心するように言った。


「どうやら打ち解けたみたいだな」


 その言葉に花が、

「誰が!」と反論していたが、巡の表情を一瞬、チラリと見たのか、すぐに、

「……まぁ、それなりに」と訂正した。

 その時、悲しい顔からにっこりと笑顔に変わる巡の表情を見逃すことなく、花はしっかりと見ていた。そして自然と笑顔がこぼれる。


 女同士、仲良くなるのは、男が思っているよりも早いものだった。


 ―― ――


 天川あまかわはなは超能力者だ。


 襲麻の家に向かう途中、雑談のノリで話し始めた話題がそれだった。

 驚きはない。花が超能力者――とまでは予想できてはいなかったが、

 なにかしらの異常を持っているのかも、と巡はある程度の予想をしていた。


「あんまり驚かないのね。

 驚かれるのもあんまり好きじゃないけど、なんだか無関心というのも嫌なんだけど」


 面倒くさい女だな、と思った巡だが、声には出さなかった。

 巡としても気持ちは多少分かる。あまり興味がないのだとしても、もう既に知っていることだとしても――、

「へぇーそうなんだー」くらいは欲しいところである。


「でも、超能力者って、枠が大き過ぎない?」


 一般的な超能力者の認識としては、物体を手で触れずに動かせるとか、相手の心が読めてしまうとか、声に出さずとも意思疎通ができるとか――、話せば長くなるが、まだまだたくさんの超能力というものが出てくる。

 もしかして花はいま挙げたことや、これ以上のことができるのか? 

 だとしたら、個人で持つには、強力過ぎではないか。


「結局、できることってのは一つだよ。父さんは面倒くさいから超能力って言ってるけど。

 ――花は、形あるものを動かせるんだ。形があれば、花の目に映るものなら、たとえ生き物でも花の手中だ。距離があったとしても、力が効くから厄介なんだよなぁ。

 俺も前に操られて、ふわふわと空中散歩みたいになってたし。あれ、結構酔うんだよな……」


「それはあたしのやり方だけどね。しかも前の時は襲麻が逃げるから、あたしが見つけ出して捕まえたんじゃないの。あたしが居る限り、襲麻はどこにも逃げることができないんだから、無駄なことはしない方が結局のところ、効率が良いかもしれないわよ」


「俺にプライバシーはないんだな」


 あんた以上にプライバシーがないのは私だよ――と巡の心の声が聞こえた気がした。


 そんなこんなで、話し込んでいる間に、

 襲麻達は商店街を抜けて、団地やマンションが立ち並ぶ地域に入っていた。


 襲麻の家は一軒家で、しかも普通の一軒家ではなく、神社か? と思うほどに大きい。

 今いる場所からもう少し進んだ場所にある。


「…………?」


 その途中、巡は見た。

 見えているものに、気付いてしまった。


 襲麻と花は、気が付いていないのか、それとも気付いてはいるが、わざと気付いていない振りをしているのか、それともこんなものは日常の一つに組み込んでしまっているのか――。


 それは分からないが、この二人がなにも言わないと言うのならば、わざわざ口に出して聞くようなことでもないのかもしれない。


「まぁ、別に、いいか……」


 都合良く、未来が見えるわけではない。


 だから間違ったかもしれない選択をしてしまったのは、仕方のないことだった。


 ――巡が気付いたものは、団地の三階から五階まで、一部分をまるで『特攻用の戦闘機が突っ込んで来たかのように吹き飛ばされている光景』だった。


 大きな穴が開き、向こう側の景色が見える。

 それだけならば特に気に留めなかったかもしれない。それはそれでおかしいが、やはりいま見たものには決定的に異常と言えるものがあったからだ。


 大きな穴。

 向こう側の景色が見える穴。

 ――その穴の形が丸ではなく、人の拳の形をしていたのだから。


 ―― ――


 巡は辿り着いた場所で言葉を失っていた。

 今いる場所はただの一軒家のはずだが、大きさがおかしい。

 まるで学校のグラウンドの中に家があるようなもの。

 その家も普通の家の、三倍以上はある。


「つーわけで、辿り着いたぞ。ここが俺の家、辰実たつみ家だ。

 そして巡、今日からお前の家でもある。

 こっから玄関まで少し距離があるけど、まぁ、ついてくれば迷わないから」


「迷うって……玄関まで直線なんだから迷うわけないでしょ」


 花が呆れたように言う。


「いや……父さんが結構な頻度で迷ってるぞ。

 今は大丈夫だけど、木とか草が生えてくると視界が遮られるから危ない時もあるし」


 花と襲麻の会話を聞き流しながら、巡は辺りを見回した。

 ここは庭らしく、池があり、果物の木などが生えている。広さ的にも雰囲気的にも、本当に鳥居でも立てれば、神社と言われても納得してしまいそうだ。


 圧巻だった。

 思わずぼーっとしてしまうほどには、驚いてしまっていた。


「おーい、行くぞ、巡」

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