第5話 未来が見えるのは病気?
自己紹介が終わったところで、お互いのことをある程度は知ることができた。
さすがに十の内の五――以上とはいかないが、三ほどまでは知れたのではないか。
たとえ実際は、一ですら知ることができていないとしても、
本人達が知れた、と思えればそれでいいのだ。
「じゃ、巡って呼んでいいか? と言っても、他の呼び方があるとは思えないけど」
「『御門さん』でもいいけど。もしくは『巡様』とかね」
「呼ばれたいのか? だとしたらお前の性格を俺は危険と判断するけど。
警戒もしなくちゃいけないし。あぶねー奴だなってな」
「嘘に決まってるじゃないの。冗談の一種。それも分からないのは、社会に出た時に困るよ。……うん、巡で、いいよ。私も襲麻って呼び捨てにするし」
お互いの呼び名も決まったところで、襲麻はやっと本題に入れる――と大きく伸びをした。
体が固まっていたのか、伸びをしたことによって背骨や腕、鳴ったらマズイのでは? と不安になりそうな場所の骨が鳴る。痛いわけではないので大丈夫だろう。
「さて。やっと本題に入れるわけだが。巡、お前がくることは知ってたよ。情報があったって言うしかないけど、俺も情報の根本までは分かんねえ。あんまり気にすんな」
「いや、すっごく気になるけど。逆にそこしか気にならないくらいに気になってるけど」
しかし、気にしても仕方ない。
いくら気にしたところで、どうにもできないのなら、忘れる方が賢明だ。
「で、本題って?」
「お前の異常のことと、これからのこと」
びくり、と巡の体が震えた。
確かに本題だ。巡の中にある、最大級の問題だ。
「そもそもで、お前は異常って、分かるか? お前のその『未来が見える』ってことなんだけど。巡はどこまで知っている? しっかりとじゃなくていいぞ。薄らと、こうなんじゃないかなー、程度でもいい。なんか知ってるのか?」
「いや、知らないかな。未来が見えるって知ったのも、つい最近。それまでは白昼夢かと思ってた。自分の妄想なのかな、とか。でも、自分で見た光景がその次の日に実際に起こったりした。
間隔はさまざまで、十秒後に起きたりもしたし。カウントなんてしてないけど、たぶん未来が見え始めてから百回目……、くらいで、この力に気づいたかな」
未来が『見える』というよりは未来が『見えた』という感じだ。
意図的ではない。だから、「あの未来が見たい」と言って、それを都合良く見れるものではなかった。感覚としては、予告なく、唐突に、未来の映像が流れ込んでくるようであり、その後には必ず、
そんなことがしょっちゅう起こるというのは、やはり恐いだろう。
「それが異常だよ」
俺達はそう呼んでいる――と襲麻は言った。
襲麻一人が勝手に呼んでいるのではなく、力を知っている者達にとっては、『異常』というのが共通の名称なのかもしれない。この力は一体、なんなのか――。
「昔の記憶はあるのか? 小さい頃、特殊な施設に居た時の記憶とか」
「微かに、ね。嫌なことだけは嫌に覚えてるけど、でも、他は……、居た、という事実くらいしか知らない。そこでなにをしていたのか、なにをされたのか、全然覚えてないの。
でも、私の人生を最初から追いかけたとして、この力が開花したのは、たぶんその施設に居た時、としか思えなかったから。だからこそ、私はここにきた。
はずれていたとしても、なにか手がかりがあるんじゃないかなって」
巡の判断は正しかった。すぐにでも行動に移したからこそ、巡は自分のことをもっともっと、奥深くまで知ることができるチャンスを得た。
「異常ってのはさ、言うなら、病気みたいなものなんだ。体の中に異常の元となったもの――たぶん、薬とか菌なのかな――を入れて、人間が元々持つ細胞と適合するかどうか。適合しなければもちろん死ぬし、適合すれば異常が体に定着する。
適合した者は異常者となる。
研究者達は異常者を使って『商品』を作り出していたんだ」
「商品? その異常者のことを?」
「そう。お前だって商品なんだぜ? 昔はそうなるはずだったんだ。それにしても、巡は異常が発達するのが遅かったんだな。
だって出始めたのが最近だろ? お前と同時期に適合した奴は、数分で発達したしな」
商品という響きには嫌な予感しかしなかった。それはつまり、人を人として見ていないということではないか。人間で、きちんと生きているというのに――、
商品などと呼ばれたりしたら、もう物としか扱っていない。
「商品ってのは――人間兵器だよ。巡の場合は『未来が見える』だけど、人によっては人を殺すことを目的とした異常だってあるんだ。そんな異常者を、巡だったらどうする? どう扱う?」
「そんなの……どうしようもないじゃない。危ない力をどうにか封印する方法でも見つけて、その子に教えてあげるしかないじゃない」
恐らくは、それが最善だろう。それか、巡が先に言った通り、どうもしない。
力があることなんて忘れて、普通に生きることだってできるのだ。
しかし、研究者達は異常者を、「――取引きするために、だよ」と襲麻が続けた。
「異常者を使って兵器を作っていた。人間兵器。機械よりも融通が利いて、強力だ。国に、組織にでも、作った商品を売っていたんだろうぜ。人体実験なんて最低なことまでして、結局したかったことってのは、その程度のものなんだよ。ったく、どこと戦争する気なんだか――」
「まさか、今もおこなわれてるとか――」
「それはないね」
襲麻は食い気味に否定した。やけに強めの言い方だった。
根拠でもあるのか、それとも確信になるものを持っているのか。
「父さんが潰したからね。俺もその時は小さかったけど、覚えてる。父さんは実験がおこなわれていた研究所に仲間を引き連れて乗り込んだ。そして、跡形もなく計画を潰したんだ。
残った子供達――被験者達を保護施設に預けてたな。その当時、既に異常が開花してた奴は自分で引き取ってたけどね。保護施設の中に預けた中には、巡、お前もいたんだぞ」
そんなこと、まったく覚えていなかった――と巡は動揺を隠せない。自分が気づけば保護施設にいて、当たり前のように生活していたことには、そういう過程があったのか。
同時にあることに気づく。
さっきから自分の個人情報が漏れているのは、襲麻が言う、その――父さんのせいではないのだろうか?
「ちょっと襲麻の家に用事ができたかも。そのお父さんに一度会ってみたいね。
色々とお礼もしたいくらいだし、ふふふふふ――」
怪しい笑みを浮かべていた。
二人きりで話さなければいけないことがありそうだ。
「お、ちょうど良い。じゃあ本題その二な」
「え? その二?」
「うん。これから俺の家に来てもらうから、ちょうど良い。
お前は俺の家に用事ができたんだろ?」
「そうだけど……ていうか、これって襲麻の家に向かってたの!? ていうかなんで!?」
まさかとは思うが――と考えている巡の予想は、たぶん合っている。引っ越し先にあてがない、困った困った、よし俺の家に来い――から答えを導き出したとして。
その先にあるものは、ただ一つと言ってもいいのではないだろうか。
「お前のこれからの引っ越し先は――俺の家。
驚きを隠せないっぽいけど、気楽にやれよ」
襲麻の口から出た衝撃の事実に、巡は一瞬の間を置いてから、言い放つ。
「気楽にいけるかッ!」
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