第6話 未来と分岐

 冷静に考えて、お気楽にいられるわけがない。

 巡は女であり、襲麻は男だ。初対面で、お互いをあまり知らないという信頼関係など欠片もない状態で、同じ屋根の下で過ごすというのは、身の危険を感じてもおかしくないのだ。


 巡を家に招き入れようとしたのは襲麻の意見なのか、それが気になった。


「……その提案は襲麻の提案? それともお父さんの提案なの……?」


「もちろん父さんだけど。と言っても、別に無理やり俺がやらされているわけじゃないよ。

 俺だって、巡がうちに来ることには賛成なんだから」


「あ、そう」と、曖昧に頷いておく。

 賛成にしろ反対にしろ、結局のところ、どちらでもいい。

 巡は、もしかしたら襲われるのではないか? と不安を抱えていたが、襲麻の性格上――、と言ってもあまり知った仲ではないが、襲われることはないだろうと理解した。


 襲麻の言う通り、お気楽でいた方がいいのだろうか。

 簡単そうで難しい問題だった。


「最低限の緊張感は持っていた方がいいってわけね」


 警戒は解かない。巡の中で、襲麻は敵ではないが、味方に分類されているわけではなかった。

 どっちに傾いてもおかしくない位置にいる。今はまだ、どっちに傾くか分からないが、時が来ればなるようになるだろうと信じて、今は放置しておくことにした。


 そういえば、ずいぶんと歩いているが、目的地まではあと、どれくらいなのだろうか。

 巡は昔、この町にいたと言っても、道など細かく覚えているわけでもなく、再び町に来る前に下調べをしたわけでもない。

 どの辺をどう歩いているのか、この道はどこに繋がっているのか、さっきからぐるぐると回っているけどいいのだろうか――なんて、答えなど分かるはずもない。


 多少の不安を持ちながら、思い切って聞いてみることにした。


「ねぇ、今って一体、なにをしている状態なのかな? 家に向かってる感じがしないんだけど。

 なんだか、なにか探し物をしてるみたいに、ぐるぐると同じようなとこを回っている気がするんだけど――、これは私の気のせいなのかな……」


「気のせいじゃないけど……あれ? 言ってなかったっけ? 

 ……そういや言った記憶がないな。まぁ、探し者だ探し者。巡が言った探し物じゃなくて、探し者だよ。いつもならこの辺にいるはずなんだけど。どうにもタイミングが悪かったらしいな。

 でも大丈夫。その辺を歩いていれば見つかるから」


 そう言った後、襲麻は「なにか飲む? 買ってくるけど」と言って、近くの自販機に向かっていった。巡は「紅茶」と言ったが――、その自販機にはなかったらしい。

 だったら別になんでもよかったのだが、巡がそう言うよりも早く、襲麻は別の自販機のところに向かってしまった。

 慌てて追おうとしたが、道も分からないのに追いかけて行ったとして、迷う危険性を感じた巡は、この場で待機することを選択した。


 とぼとぼと道の端に寄る。背中を壁に寄りかからせ、脱力した。

 駅から結構、遠くまで来たような気がするが、結局、ぐるぐると回っていただけだ。

 ということは、戻ってきているんだろうなぁ、と溜息をつく。


「なにか探しているなら、言ってくれればいいのに。

 そしたらこっちも気分的には助かったのにさ――」


 多少の荷物もあるわけだ。それをどこか、コインロッカーに置くことができたし、一休みを入れることを考えることもできただろう。


 体力がごっそりと持っていかれた気分だ。

 いや、事実、持っていかれている。


「だるい……春なのに、暑い」


 地球温暖化のせいなのだろうか。それとも違うなにか? 

 ――そんな思考をしてみるが、どうでもいいと切り捨てた。

 今は襲麻が持ってくる飲み物に期待しておこう。


「…………?」


 ここは駅前の近くであるが、駅前ではない。

 ざわざわと大勢の話し声など聞こえないし、電車の走る音なども聞こえない。ショッピングモールに設置されているモニターの音も聞こえることはない――、

 だからこそ、普通ならかき消されて聞こえなくなってしまうような声が聞こえてきた。


 あらためて周りを見てみると、ここは商店街みたいなところか。いや、商店街と書いてある看板を見つけた。にしては店が少ない気もするが、もしかしたら裏通りなのかもしれない。


 だとしたら、さっきから聞こえてくる声には納得だ。

 よく聞く声だ。思わず苦い顔をしてしまう。


「ねぇ、いいじゃん。すぐに終わるからさ」

「そうそう。そう変に警戒しなくていいんだよ、カラオケに行って、ファミレスに行ってさ――つまり俺達と遊ぼうってことなんだからさ」


 五人ほどのチャラい男達が、一人の少女を囲んでいた。よく見る光景だ。ナンパだと思うが、やり方がまったく進歩していないのは気のせいだろうか。

 毎回――というほど多く目撃しているわけではないが、やり口が同じ。

 正直に言って、飽きてきた。テレビの見過ぎなのが一目で分かる。


 助ける気は、巡にはない。あんな程度の男共を、一人で追い返せなくてどうする。

 巡的には厳しくしたつもりだった。しかし、チラリと男達の隙間から見えた少女の顔を見て、思わず動かないわけにはいかなかった。


 男達の元まで走っていき、辿り着いて一言――「あんた達!」と巡が叫んだ。


「ああ?」と、一人の男が振り向いて言った。

 それに続くように他の四人の男も巡の方を向く。


 目的としては成功だった。

 囲まれていた少女から意識を逸らすということに関しては、計画通りだった。


 しかし、どうしたものか。

 巡が全部を請け負ったようなものだが、この男達をどうしよう――と途方に暮れていた時。


「まったく、邪魔しないでくれる?」


 その声は、囲まれていた少女から聞こえてきた。

 肩より長く、肩甲骨まで伸びた金髪を邪魔そうに腕で払いながら、

 片手を前方、斜め上に上げる。それに連動して、男達の体が――浮いた。


 高さで言えば、建物の五階程度だ。

 落ちれば、痛いじゃ済まないだろう。


「なっ、なんだ、こりゃあ!?」

「つうか、待てよ! おい、やめてくれ! このまま俺達をどうするつもりだよ!?」


 このあと、自分達がどうなるのか、推測くらいはできたのかもしれない。

 だからこその、動揺だ。


 男達が叫ぶが、金髪の少女の耳に届いているのか。

 届いてはいるのだろう。うんうんと頷いている。届いて尚――無視していた。


 最悪の結果が起ころうとしていた。


 その時、巡を襲ったもの。それは倒れるほどではないが、足元がふらつく程度の眩暈だった。


 頭の中をかき回すように、棒かなにかが入り込んでくる感覚。


 そして、見えた。


 未来が、見えた。


 ―― ――


 ――地面が赤い。少女に絡んでいた男達が地面に横たわっている映像。


 体の中から出てはいけないようなものが、溢れんばかりに飛び出している――、


 ―― ――


「う……」


 見えた映像は一瞬だった。巡の視界はすぐに現実世界へ戻される。

 地面は赤くなく、まだ土色を保っている。

 男達も宙に浮いていて、足をばたばたとさせていた。

 無駄だと分かっていても、それをしないと不安にでもなるのかもしれない。


 未来を見た、その未来を止めるために動く。

 理由としては充分だが、それ以上に、感じたのだ。少女の顔、目を見て。


 怖がっていて、まるで小動物みたいにびくびくと震えているように見えたが、心の奥底に意図的に封じていた殺意を、巡は感じ取っていた。


 巡は男達に囲まれていた少女を助けようとしたのではない。

 少女の脅威から男達を守ろうとしたに過ぎない。


 しかし、それも失敗に終わった。

 男達がこれから先、辿るルートを無理やりに変えることなんて、



 できるはずがないのだから。

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