第一幕

第4話 駅前の不意な待ち合わせ

 歪市――、


 駅前は都会と言えるほどに発展しており、ショッピングモールやファーストフード店など、店舗の種類は様々で、生活必需品の大半がここで揃うほどだ。

 しかし駅から離れれば、駅前の風景よりも寂しいものに変わっていく。


 お店の数も減り、家と家の感覚が広くなっていた。

 怪しい建物も増えていき、

 昔からこの町にいる人々にとって、ここは無法地帯と呼ばれるほどだ。


 かつて、そんな無法地帯の中で非道な実験がおこなわれていたことを知る者はごく僅かだった。知る者は一般人ではない。無法地帯を庭とする、組織の者。

 今では実験のことなど口に出すことはない。


 そんな組織の一つに所属する少年――、辰実たつみ襲麻しゅうまは、駅前でとある人物を待っていた。連絡などしたわけでも、されたわけでもないし、待っている人物というのも襲麻にとって知り合いでもなく、初対面ということになる。


 にもかかわらず待っていた。

 理由は一つ。今からくる人物は、『異常』を持っている。

 それだけでわざわざ駅まできて、待っている理由にはなる。


 すると、改札口に切符を飲み込ませ、出てくる少女がいた。


(肩まで伸びた水色の髪の毛……、すげぇな、ほんとに水色だよ。あとは、冷静そうな顔立ち、確かに冷たそうなイメージはあるな……ありゃ、第一印象で誤解される容姿だよなぁ)


 とかなんとか、テキトーに考えながら、スマホの画面に映っている画像と比較し、言われた特徴を思い出す。確か名前は、御門巡だった気がする。


(さて。いきなり声をかけて、ナンパと間違えられたら嫌だし、どーすっかな――)


 相手は一応、異常を持っている。実験の被験者というのは知っているので、危険がないとは思えない。普通に声をかけて、怪我をさせられてはたまらない。


 なので覚悟はしておく。準備もだ。

 もし妙な動きがあった場合、いつでも反応、回避できるように、ポケットに忍ばせておいた折り畳みナイフを中で弄びながら近づいて行く。

 あと二メートルほどのところ、声をかけようとしたところで、逆に声をかけられた。


 相手は後ろ向きだった。――気配で気づかれたのだろうか。


「なんの用? そのナイフ、もしかして私に突きつけるわけじゃないよね?」


「そんなことはしないよ。一応の護身ってわけ。

 お前の異常が暴走した時、自分を守れるようにってだけさ」


 しかし、刺す気はないにしろ、冗談だが、突きつける気はあったし、実際に行動に移そうとしていたのは本当だ。

 なぜばれたのか。

 襲麻にとっては実行する前にばれるというのは、結構新鮮な体験だった。


「ああ、そうか。お前、未来が見えるんだって?」


「……なんで? まだ誰にも言ってないことなんだけど。

 私の中で恋の悩みよりも重い悩みなんだけど、なぜそれがばれているのかな?」


 そりゃ企業秘密だ――とは言ったものの。

 襲麻の父親、辰実一元の情報網だ、としか知らない。

 なにをどうやって巡の悩みや行動を知ることができたのか、襲麻も知りたいところだ。


「そんなことはどうでもいいとして。さっ、行くか。

 どうせこっちに来てから家を探す気だったんだろ?」


「はい、ちょっと待って! 私の考えが気持ち悪いくらいに言い当てられているのが超不安なんですけどっ。なにこれ、プライバシーってないの?」


「いいからいいから。ついてくれば分かるって」


「なにそれ! しかもあんた、誰よ!? 

 なんだか私を知ってるっぽいけど――って、待ってってば!」


 巡の文句を右から左に受け流し、ささっと駅から外に出る。

 今日はよく晴れていた。春にしては少し暑かったが。

 後ろからとてとてとついてくる巡は、さっきの会話に訂正を入れる。


「私の言い分は無視なのね……いいけどさ。引っ越し先は考えてあったのよ。

 ただ、都合が悪くなったのか――契約破棄しますって電話で言われて……」


「で、今のどうしようもない現状になったってわけか」


 こくりと巡が頷く。少し可哀そうな気がするが――、襲麻は忘れてはいけない。

 その契約を破棄したのは、自分だということに。


(そうか。そういうことか。

 父さんもそれだけのことをして、巡を家に呼びたかったってわけか。そりゃあ、異常を持つ奴を野放しになんてしたくはないだろけど……、そんなことを言ったら異常を持っているであろう奴なんてまだいるかもしれないって言うのに――)


 とりあえず。自分が契約を破棄しましたー、なんて言ったらぶっ飛ばされること確定なので、黙っておこう。見た目やイメージとは真逆で、巡は表情が豊かだった。

「……そう」と無感情に言われるだけ、ということはなさそうだった。


「で、どこに連れて行く気なの? 

 変なところに連れて行ったりしたら――思いきり叫ぶからね」


「そこは叫ぶだけなのか。思い切り殴ってくるのかと思ったけど、そういうのはないんだな。

 ま、俺としては安心安心。肉弾戦を得意としてるわけではないし」


 るんるん、とでも言いたそうな表情で、襲麻は巡の隣を歩く。巡としては、今すぐにでも襲麻を置いてとんずらしたいところだったが、泊まる家が現時点でないために、頼りの襲麻をわざわざ切り捨てることもできなかった。


 今だけだ。


 今だけは黙ってついて行ってやろう――と、巡はおとなしく襲麻の隣を歩く。


「そういや、自己紹介ってしたっけ?」


 唐突に言われたために、一瞬、理解できなかったが、時間をかけることで言葉の意味を解読することができた。違和感なく馴染んでいたために気づかなかったが、お互い初対面なのだ。

 どうにも、あっちはこっちを知っているみたいだが、というか、色々とばれているが……と不安になる巡。


「してないけど……だからこそ気になることがあるのよ。なんで私を知ってるの? どこかで会ったっけ? それとも、私のストーカーさん? だったら今すぐにでも通報したいんだけど」


「うーん、会ったことはないけど……知ってた、かな」


 主に画像で、だが。


「じー」


「そんな不審な目で見るなよ。自己紹介をすれば俺が怪しい奴じゃないって証明になるだろ。

 俺は辰実襲麻、お前と同い年だ」


 襲麻は他にも自分のプロフィールをいくらか話したが、巡の「もういいもういい!」という制止の声で、中断を強いられた。どうせ口からのでまかせだったのでいいのだが――、本当はおひつじ座だが、さそり座と言った程度のものだ。


「知ってると思うけど、私は御門巡。プロフィールは……言う必要ないよね?」


「へぇー、ゴカドメグルって言うのかー」


「……わざとらしいっ」

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