第7話 パスタ

ある町のある道にある、古びたレストラン「キャベツ」。

唯一の常連にして第一号客の成田は、扉を開けた瞬間、本能的に体を屈めた。


ビュオッ!!


「……チッ、よく避けられましたね」

「いきなり何投げてんだお前ぇええ!」

「何って、パイ投げ」

「それを客にやるか普通! しかも娯楽以上の音がしたぞオイ!」

店員はテレビで見るようなパイ投げ用のパイをもう一枚、狙いを成田の顔に定めて構えた。


……キリキリキリ


「ちょっ、おまっ、マジで!?」

「一投入魂」


ビュオッ!!


「ギニャァアア!」

成田はまたも本能的に体を屈めた。


ビバシィイイ!!


「……あ」

不吉な音がして振り返ってみると、顔面にパイがストライクしてしまった人が立っていた。

「いらっしゃい、大吾さん」

「!!?」

成田は声にならない悲鳴をあげた。


「パイ投げは思った以上に痛い」

大吾は顔に皿をべったりと付けたまま、席に着いた。

「すみませんでしたぁああ!」

大吾の隣で成田が、ガタガタと震えながら何度も頭を下げていた。

「いや、成田君は悪くない」

「そうですよ、誰も悪くない。ていうか大吾さん、そんな状態でよくしゃべれますね」

「お前が言うな! 大吾さん、本当マジでまぐろ漁船はカンベンしてください!」

「あー……、成田君、もしかして俺がヤクザだと思ってる? 言っとくけど、ただのボディガードだからね」

大吾はここでやっと皿を引きはがした。

「なんだか顔がもさもさする」

「パイのなかに千切りキャベツを仕込んでましたから。するとサイズをいくらでも大きくすることが可能です」

店員はグッと親指を立てた。

「そのうえ傷んで使い物にならないキャベツを有効に使うこともできます」

「腐ったキャベツを人の顔にぶつけたんか!」

「なるほど、それで一発があんなに重かったのか」

「大吾さんも納得しない!」

成田は叫びすぎたために肩で息をしていた。

「無事か?」

大吾はクリームとキャベツだらけの顔をおしぼりで拭きながら、成田の背中を軽く「ぽんっ」と叩いた。

「……なんとか」


===


「しかし……」

大吾は自分の顔に当たったパイの皿を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。

「いくら腹が立っているからといって、俺ならともかく成田君まで巻き込むことはないだろう」

「巻き込むどころか、成田さん一人を狙ってました。

むしろ成田さんのあられもない姿をとくと拝みたかったんです。プフッ!」

「うわ、ムカつく! 俺が一体何をした!?」

「落ち着け、成田君」

大吾は今にも飛び掛りそうな成田の肩を掴んで押さえた。

「だって聞いてくださいよ」

店員はプウッと頬を膨らまして、いかにも不機嫌な顔をした。

「この前、久しぶりに成田さん以外のお客さんが入ったんです」

「それいいことじゃん! 何怒ってんの!?」

「そのお客さんが『ここってラーメン置いてないの?』って……」

成田と大吾は「はあ?」と声をそろえて、首をかしげた。

しかし、その客もなんでラーメンをチョイスしたのだろう。

「ウチは洋食屋だっての!」


ビュオッ!!


3枚目のパイが飛んできた。

「うおっ!?」


ビバシィイイ!!


成田が避けたために、後ろにいた大吾にまたもパイがストライクした。

「……んご」

「ぎゃあぁああ! またもすいません! てゆーか、しっかりしてぇええ!!」

成田は半泣きになって謝りながら、大吾の肩を掴んで揺さぶった。

「チッ、またも避けましたね」

「避けるに決まってんだろぉおお! つーか『和風炒め』とかやっといて、いまさら洋食屋も何もないだろぉおお!」

店員は仁王立ちでふんぞり返っていた。

「洋食屋ですとも。レストランだもの」

「ファミレスというジャンルではないのでしょうか」

成田は大吾を抱き起こしたが、彼はぐったりとしたまま動かなかった。

「まさか……」

「ご臨終です」

「大吾さーん!!」

桐崎大吾(享年30) パイを顔面に受け死亡


===


店員は深呼吸をして、さわやかな笑みを見せた。

「少し気分が晴れました」

「もっと他に言うことがあるだろぉおお!」

腕のなかの大吾はやはり動かない。

「気絶してるだけでしょ。というか皿をどうにかしないと、本当にご臨終になりますよ?」

「あっ、そうか!」

すぐに皿を引き剥がし、クリームと千切りキャベツを濡れタオルで拭き取った。

「……やべぇ、白目むいてる」

「大丈夫ですよ。たぶん」

「たぶんって!?」

とりあえず大吾を長椅子に寝かし、濡れタオルを額に乗せてみた。

「こうすれば起きるんじゃないですか?」

ヒュウッ!

振り上げた店員の右手が風を切った。


ビバシィイイ!!


見事な平手打ちが大吾の頬に当たった。

「何やってんのお前ぇええ!?」

「……うーん」

大吾が唸りながら何かをつぶやいた。それを見て成田はほっと息をついた。

そして大吾の目がうっすらと開かれた。

「あれ? 俺、何しに来たんだっけ? てゆーか俺、誰だ?」

「しっかりしてぇええ!!」

成田がマジ泣きになって、大吾を激しく揺さぶった。

「ああ、思い出した。皿が当たったと思ったら、何故か体がガクガク揺れて……。

こう、首をグキッと……」

首をかしげると、「ゴキッ」といい音がした。

(あれ? もしかして俺のせい?)

成田は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

「けど何で首をグキッと捻ったんだろ?」

「思いっきり皿が当たったせいですよ。皿のせい」

成田はばっくれることにした。

「え? あ、そうなの?」

「ええ、そうッス」

納得したような、そうでないような大吾の肩を、店員がぽんっと叩いた。

「おはようございます、大吾さん。快気祝いにこれをどうぞ」


……コトン


「……これは」


===


成田と大吾の顔に汗が流れた。

(千切りキャベツにミートソース!?)

「新作(予定)のパスタです」

「さっきのラーメンのこと、まだ気にしてたんだ!」

(てか、どこにパスタ要素が!?)

……ジャク、ジャク、ジャク

「食えないことはない……ウッ!」

「そんな無理して食わんでも! てか大吾さん、ツッコミじゃなかったんですか!?」

「その予定だったんだけど、疲れるからやめちゃった」

「やめちゃったって……ああ、もう! 結局ツッコミ俺一人かよ!」

「成田さんもどうぞ」


……コトン


(パスタの上に、千切りキャベツ!?)

「タダ飯ですよ。さあ、どうぞ」

(あ、ばっくれたこと怒ってる?)

「ど・う・ぞ」

今日の店員の笑顔は、果てしなく黒かった。


……ズルズル、ジャクジャク


「……まことに美味しいです」

「味なんてしないのに?」

このときの店員の笑顔は、とても輝いていた。


後日、レストランに新メニューができた。

「とろみを付けた『和風炒め』を乗せたラーメン、か」

新作ラーメンを前に、大吾がぽつりとつぶやいた。

「俺たちの苦労は一体何だったんだぁああ!!」

その隣には頭を抱える成田がいた。


===


『その後』


「成田君は、まだ俺のことが怖い?」

「え? あの……」

「まあ、自業自得かな……」

大吾は店を襲撃したときのことを思い出したか、しゅん、となって顔を伏せた。

「いえ、そうじゃないです。むしろ、いい人だなぁって思ってます。

ただ、バックのほう(主に鳥の人)が恐ろしいというか……」

「……後ろ?」


※成田は鶴山氏と過去に何かあったようです。


===


『その後のその後』


「そういえば、ラーメンを頼んだ客ってどうなった?」

皿を片付けようとしていた店員に、成田が問い掛けた。

「どうなったって?」

「いや、どう対応したのかと思って」

店員はよく思い出そうとして、「うーん」と唸った。

「たしか道の真ん中辺りまで飛んでいきました」

「何やってんのサービス業ぉおお!!」


※記念すべきパイ投げの被害者1号になった模様。

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