第6話 ホットサンド

ある町のある道にある、古びたレストラン「キャベツ」。

昼食を終えた昼下がりの頃。

つい先日、襲撃があった店内は何事もなかったかのようにおだやかな空気が漂っていた。


――カランカラン


ドアに取り付けてあるベルが来客を知らせた。

「邪魔する」

「あ」

成田は来客の姿を認めると、あんぐりと口を開けたまま、顔色を真っ青にして固まった。

そこには店を襲撃した張本人・桐崎大吾がいた。

怖い顔をした上司の後ろから、異様な笑顔を作る二人の男が姿を見せた。

「どーも」

「こんにちは」

大吾の部下である犬飼仁と鶴山倫太郎がいた。


「いやぁ、久しぶりだなぁ」

大吾の声は穏やかであるものの、その笑顔は見るからに無理をして引き攣っている。

「ええ、本当に。

まさかまたここに来るとは、夢にも思いませんでした」

店員はいつもの胡散臭い笑顔で返しながら、影でこっそりと拳銃を構えた。

「おっと、お前とはもう喧嘩をする気はない」

「……?」

店員は一度銃から手を放したが、眼は鋭く大吾を睨んでいた。

「この前の騒ぎのときに、うちの犬飼が荷物をここに置いて来ちまったらしくてな。

今日はそれを取りに来ただけだ」

恥ずかしそうに顔を赤らめる部下をチラリと見ながら、大吾は「やれやれ」と苦笑していた。

「……簡単には信じられませんね」

いつもの笑顔に影を落としながら店員が言う。

普段の行動も言動も怖いものがあるが、これはまた違った意味で怖い。

成田は背中に粟立つものを感じながら思った。

「その証拠に、俺たちは武器を一つも持っていない」

大吾は上着を脱ぎ捨て、「お手上げ」という風に両手を軽く上げた。

あとの二人も大吾に倣って上着を脱いで、丸腰であることを証明した。

ただ三人とも、上着の下に防弾チョッキを着けていた。

「さらには腕っ節の強い猿田を留守番に残し、武器さえなければ貧弱なだけの二人(俺は別だが)を連れてきた」

「そうそう……って、俺たちのこと何だと思ってるんですか!?」

犬飼が躍起になって抗議した。


===


「で、たかが忘れ物にどうして三人も来るんです?」

笑顔を保つ店員のまわりには、あきらかに不穏な空気が纏わりついている。


ピリピリピリ……

バチィッ!


「ウアチッ!

何だ? 静電気か?」

何故か成田の指先に痛みが走った。

「そう怖い顔をするなよ」

大吾は店員の黒いオーラなど気にする様子もなく、さわやかに笑ってみせた。

「そういえば店長は?」

大吾は店内を見回しながら尋ねた。

「店長ならば奥にある秘密部屋で秘密の儀式を……」

「あ、俺が呼んでくる。

荷物も取りに行かなきゃいけないし」

犬飼はそう言うと、さっさと薄暗い店の奥へと消えていった。

「みぃいいいい!!」

「ワンコの声だ!」

「でも『みぃいい!』って何だ!?」


===


店の奥につながる入口から、犬飼が這うように現れた。

「おい犬飼、店長に何かされたのか!?

または何かしたのか!?」

大吾が虚ろな状態の犬飼を抱き上げた。

「き、金色のキャベツ畑……」


ガクンッ!


謎の言葉を残したまま、犬飼は意識を手放した。

「おい、しっかりしろ!

何があったのか詳しく話してから気絶しろ!」

部下のことよりも、謎の言葉のほうが気になる大吾は、彼の耳元で大声を張り上げた。

「店長が金色のキャベツを作ってたのか!?

起きろ!

気になるだろーが!!」

成田も大吾と一緒に犬飼を起こすべく、揺らしたり、額や頬を叩いたりした。


ビシビシビシ

「おー!」

ビシビシビシ

「きー!」

ビシビシビシ

「ろー!」

ビシビシビ……


「うるせぇええ!!

それ以上叩くなぁああ!!」

犬飼仁(26)、復活。


===


ズバンッ!!


「店内ではお静かにぃいい!」

「わぁあああ!!」

突然の叱り声に、騒ぎの中心にいた3人は蜘蛛の子を散らすように逃げた。

「あ、店長だー」

店員は無邪気に笑って、

「今のは壁を叩いた音か」

鶴山は冷静に状況を説明していた。

そして怒り心頭の店長は半分ほど貞子化していた。

「……ん」

店長(貞子)はA4ファイルが入るくらいのサイズの、黒い肩掛けバッグを乱暴に突き出した。

「あ、どうも、すみませんでした」

犬飼が恐る恐るといった様子でバッグを受け取った。

どうやらあれが忘れていった荷物らしい。


シュシュシュシュ……


まるで風船がしぼんでいくような音を出し、店長はだんだんと変形しはじめた。

「もう、いきなり(秘密部屋に)入っちゃダメ!」

そこにはプンプン、という擬音が付きそうな可愛い怒り方をする店長(通常)がいた。

(どうなってんだ、あの人!?)

↑店長以外の全員の心境


===


「そういえば、あの部屋で何してたんスか店長?」

『金色のキャベツ』発言が気になる成田が訪ねてみた。

「別にたいしたことじゃないよ。ホットサンド作ってただけ」

店長はどこからともなく、できたてのホットサンドが大量に乗った皿を取り出した。

「良かった!

話題すら出てこないからどうなることかと!」

「キャベツが出てこないと話になりませんからね」

成田はホットサンドを手に息をのんだ。

「するとこのホットサンドのなかに金色のキャベツが……」

「金色のキャベツ?」

店長がキョトンとして聞き返した。

「中身はマスタードであえた千切りキャベツだけど?」

「てめ、このワンコ!

話が違うじゃねーか!」

「むしろ、あの『みぃいい!』のほうが気になります!」

「辛くてなかなか美味いじゃないか!」

「えっ、ちょっと大吾さんまで……。

みぃいいいい!!」

※成田、店員、大吾が犬飼をリンチ中です。

しばらくお待ちください。


===


「……と、全部ありました」

荷物の中身をチェックし終えた(フルボッコされてボロボロの)犬飼は、最後に大吾に報告した。

「パソコンと工具一式と爆弾の残りの材料」

「何て恐ろしいカバンだ」

成田は犬飼のカバンがいきなり爆発でもするのではないかと想像した

「それで、用事はこの子(犬飼)の荷物だけ?」

確認する店長に、大吾が「あっ」と声をあげた。

「そうだ。俺も店長に用事があったんだ?」

「いや、私に訊かれても……」

「先日はそちらに大変ご迷惑をおかけしましたので……」


――スッ


「生八つ橋の皮を」

「あ、これはどうも」

「待って、何で生八つ橋(皮)?」

何故か店長はそこに疑問を投げないので、代わりに成田が訊いてみた。

「おいしいんだよ、生八つ橋(皮)」

「別に生八つ橋の皮を否定してませんて。

ちょっと、質問に答えてよ」

「これはおそらく……私に新たな創作料理をせよとの、神からのお告げ……」

「そんなお告げを信じちゃダメだよ店長ぉおお!」


===


大吾は生八つ橋(皮)の箱をいくつも取り出し、テーブルに積んでいった。

「それと、ご近所さんにも謝罪をと思ったんですが……。

そもそも、この辺りに人はいるんですか?」

「まあ、あの騒ぎのときも通報は無かったからね。

当然の質問だよね」

店長は生八つ橋(皮)をモシャモシャと食べながら言った。

「ここらへんは空き家ばっかりだけど、人がいないわけじゃないよ。

ただ警察には二度とお世話になりたくない人たちがいるだけ」

「さらっととんでもない発言をしたよこの人!」

成田が真っ青になって叫んだ。

そんな場所を何度も通っていたとは思いもよらなかったのだ。

「うむ。気が合いそうだ」

「大吾さんも何言って……」

成田は言いかけてハッと気がついた。


大吾→ボディガード?

犬飼、鶴山→その部下

店員→その元仲間

店長→人間?


(……って、一般人は俺だけじゃん!)


===


「ここから近いのは……斜め向かいのパン屋さんだね」

店長はそう言って窓の外を指さした。

といっても窓はお世辞にもきれいとは言えず、そこから外を確認することはできない。

「あれ?

この近くにパン屋なんてあったっけ?」

成田は見慣れた道の風景を思い浮かべたが、パン屋らしき建物までは思い出せなかった。

「ありますよ。

成田さんも食べたことがあるでしょう?」

店員に指摘されても、成田はこの近所のパン屋に行った記憶はなかった。

「え、いつ?」

「ほら、Aランチの焼きたて?パン(第1章『Aランチ』参照)」

「あの不安になりそうなパンか!」

成田はいつかの青いジュースを思い出した。

そして一緒に出てきた丸パン。

焼きたてには程遠く、歯ごたえがありすぎるが、まあ食べられないこともない。

そんな微妙な味のパン。

「うちの店のパンはあそこから仕入れてるんです」

店員は成田の手を引いて外に出ると、店から見て右斜め向こうの建物を指した。

「暗っ!」

その先には一般的なパン屋よりも、暗い雰囲気の小さな店があった。

「地味だな」

続いて出てきた大吾もパン屋を見て、失礼なほど素直な感想を述べた。

「客の姿も見えないし、これじゃ何度も道を通っていても記憶には残りませんね」

さらに続いて出てきた鶴山もパン屋を見(以下略)。

パン屋には客どころか人がいる様子もなく、その静かさはこのレストランといい勝負であった。

「やかましいわい」

「うん?

誰に言っているんですか店長」


===


レストランの面々はパン屋を見据えた。

そこには、例えるなら今から真剣勝負でもするかのような、張りつめた空気が漂っていた。


ビュオォオオ!


「うっ、何だかただ事でない風が!」

皆は飛んでくる土埃から顔を守るように腕でガードした。

「そんな大層な店じゃなかったと思うけどなぁ」

後ろのほうで店長がポツリとつぶやいた。

「では、ちょっと行ってくる」

ただ事でない風が吹くなか、大吾は後ろ手に手を振ってパン屋に向かった。

「ぎゃあぁあああああ!!」

だいたい十分後。

いつもよりも「あ」が多い悲鳴が聞こえた。


===


悲鳴の直後、パン屋の入口からよろよろと大吾が出てきた。

「大吾さん!?」

「一体何があったんですか!?」

心配になった残りのメンバーが口々に叫ぶ。

しかし、あくまでも店先から離れず、駆け寄ったりはしない。

大吾は何とか仲間の元へたどり着いた。

「くそっ、まさかフランスパンにあんな威力が……」

「フランスパン!?」

「まさかパンにやられたと!?」

ぜぇぜぇ、と荒い息使いの大吾。

「残念ながら生八つ橋(皮)を渡すことができなかった」

「一番重要なことをしないで、パンで勝負してたの!?」

「パンじゃない。

俺は素手で挑んでいた」

「どっちにしろ、やるべきことをやらないで、無駄なことをしていたわけだ」

言い返せなくなったのか、大吾はそれ以上何も言わずに、「ふうっ」と息をついて座り込んだ。

「パンを買えってしつこく言うからな。

『俺は白米派だ』と答えたら、いきなり戦闘になった」

「そりゃそうだ……いや、異常か」

「曲がりなりにも客なのに、攻撃を仕掛けてくるパン屋って……」

ここで店員が怪訝な顔で大吾に話しかけた。

「この前(第5章)から思ってたんですけど、大吾さん……弱くなってませんか?」


ギクゥッ!!


「……何が?」

大吾はあくまでも冷静な態度で答えた。

「今、『ギクゥッ!』って……」

店員は眉根をひそめた。

「確かに、お前に毒入り回鍋肉食わされて下半……半身不随にもなった。

だがしかし、そこからお前を仕留めるために血の滲むような特訓をしたのも確かだ。

昔みたいに、お前にツッコミを入れることも……」

「え?思いっきりボケてましたよね?」

「くっ、リバーシブルだ!」

「それがすでにボケだ!」

大吾はつっこむどころか、逆にボケキャラであるはずの店員にまでつっこまれていた。

「やめてくれ!

大吾さんはこの前のショックで本調子じゃないんだ!」

「犬飼……」

大吾は自分を庇ってくれる部下に胸が熱くなった。

「これ以上ヘタレになったら仕事に支障が出る!」

「ワンコォオオ!!」

大吾の期待を裏切ってくれるのもこの部下だ。


===


「そんなことより、問題はこの生八つ橋をどうやってパン屋に渡すかだ!」

「そんなことって、お前……」

犬飼の一言がいちいち心に刺さる大吾。

「しかし変だなぁ。

あんなおとなしそうな青年が、そんな乱暴なことをするなんて」

考え込むかのように顎鬚を撫でながら店長がつぶやいた。

「……すいません。

今、おとなしそうな青年って言いました?」

大吾が怪訝そうな顔で訊いた。

店長もまた怪訝そうな顔を向ける。

「俺があの店で会ったのは、筋骨隆々の大男でしたが」

大吾の一言に、一瞬の静けさが彼らを包みこんだ。

「……え?」

店長が驚いた顔をしてつぶやいた。

「まさか変身……」

「店長が言う人とは別の人でしょう」

それを遮るかのように店員が言った。

「あ、そうか」

「そりゃそうでしょう」


===


いまだに生八つ橋(皮)を渡せずにいるレストランの面々。

彼らの間には不穏な空気が漂いはじめていた。

「ふぅ……」

店員がため息をつき、少し冷たい視線を大吾に向けた。

「どうするんですか? この失態は」

「どうするも何も……、お前いきなり厳しくなったな?」

「いえね、さっき、再放送のドラマを予約しておくのを忘れていたことを思い出しまして」

「それ、俺はまったく関係ないよな?」

「せめて十分前に気づけば……」

「それは自業自得っていうんだ」

ガシガシと頭を掻きながら、大吾もまた深いため息をつく。

「だいたいお前は、昔から詰めが甘いんだよ」

「そうそう、この前も山のように積まれた皿を完璧に洗い終わったと思ったら、すべて粉々に割っちゃったりとか」

「すいません店長、少し口閉じてもらえますか」


(こいつら仲良いなぁ……)


普段から飄々としている店員にこんな一面があるとは、成田はただただ驚いているだけであった。


(――俺はこいつのことを何にも知らない)


瞬間、成田はになんとも言えぬ寂しさを感じた。

「まあ、僕はこの人(店員)とは初対面なんだけどね」

「え? そうなの?」

鶴山の発言に、成田はどこかホッとしていた。


(……あれ?

何でそんなことでホッとしてんだ、俺)


「ああ、そいつ、俺が上海の後に入院していた日本の病院で会ったんだよ」

もう2年くらい前かなぁ。

大吾はヒョイッと顔だけを向けて言った。

「当時の彼女に二股がばれて刺されたとか」

「意外にも壮絶な過去が!?」

すると鶴山は遠くを見るような目つきをして、フッと笑った。

「まあ、実際は二股どころじゃなかったけどね」

「最低だ! この人、最低だ!」


===


「じゃあ今度はその最低男が行きますが、何か文句がありますか?」

「ありません。

そしてごめんなさい」

鶴山からただならぬ黒いオーラを感じた成田は、間髪入れずに謝った。

(何コイツ、あの店員よりもヤバい。年下のくせに。年下のくせにぃいい!)

↑※店員も年下です。


「と、その前に大吾さん」

「うん?」

「その店にXX型染色体を有する生物はいましたか?」

「…………」←店員・店長・犬飼

「――???」←成田

「え? ああ、うん。

見てないけど」

「いよっし」

鶴山は小さくガッツポーズをし、颯爽とパン屋へ向かった。

「え?何、どういうこと?」

首をかしげている成田に、店員がそっと耳打ちした。

そして成田は、「ああ」とつぶやいて納得した。


===


――カララン


パン屋のドアを開けると、レストランと同じようなベルの音が響いた。

この通りの店は皆同じようなベルを取り付けているのだろうか。

パン屋の中は、暗い外観と違って、暖かみのあるカントリーな空間が広がっていた。

鶴山はきょろきょろと店内を見回す。

客は一人もいない。

あのレストランもそうだが、どうやって生計を立てているのか謎である。


(さて、この状況をどうしたものか……)


自分から言い出したものの、実は鶴山は仲間のなかで一番『接客』というものが苦手であった。

厳密に言うならば、『女性客』に接することができない。


(大吾さんは女はいないって言ってたし)

↑※正確には『見てない』と言っただけ。


(ついさっきのことだから『フランスパン』が出てくる可能性は高い)

↑※『フランスパン』は人名じゃねぇ。


(出てきたら即目つぶしで倒そう)

↑※犯罪だ。


鶴山が危ない思考を巡らしているなか、店の主がその存在に気づいた。

「いらっしゃーい!」

背後から突然声をかけられ、鶴山はビクリと体硬くした。

(この甲高い声……女? 女の店員がいる?)

自分の心音がうるさいなか、鶴山はゆっくりと振り返った。

「いらっしゃい!

パンかってくだしゃい!」

そこには、女は女でも舌足らずな小さな女の子がいた。

体に合わないダボダボのエプロンが一層幼さを引き立てていた。

(……なんだ、子供か)

ふう、と息を大きく吐いて、鶴山は心の底から安堵した。

「おねーしゃん、しょくパンはしゅきでしゅか?」

「お兄さん、ね。食パンは好きだよ。偉いね、お手伝い?」

「メロンパンはしゅきでしゅか?」

「うん、メロンパンは好きだよ。あのね、お父さんかお母さんはいるかな」

「あんパンはしゅきでしゅか?」

「割と好きだよ。だからね、大人の人を呼んで……」

「カレーパンはしゅ」

「あのね、お兄さんは用事があるから」

「……パンかわないの?」

「うん、買わない」

女の子は表情を暗くし、しゅん、として俯いた。

(さすがに大人気なかったかな?)

いきなり泣き出すのではないかと、鶴山は身構えた。

「あの……」

「……チッ、ケチ」

おおよそ子供らしかぬ低い声と舌打ちに、鶴山は軽く目眩を覚えた。

「あ、出てきた」

残っていた面々は待っている間、犬飼がたまたま持っていたトランプでババ抜きをしていた。

鶴山の手に生八つ橋(皮)の箱があるのを見て、一同は「あーあ」と残念そうな声をもらした。

「……おい、どうした?」

鶴山は真っ青、とまではいかないがどこか暗い表情で、小さくポツリとつぶやいた。

「……だから女は嫌いなんだ」


===


「さて」

レストランに戻った面々は、すっかり冷めたホットサンドを囲んで作戦会議をしていた。

神妙な顔つきの犬飼が話を進める。

「大吾さんと鶴山が失敗した今、残るは俺一人のみだが……」

「無理だろ」

「即答すんなよ、そこの鳥類」

途端、見事な右ストレートが犬飼を吹っ飛ばした。

「でもまあ、難しいだろうね。

あそこのパン屋さん、パンを買わないとまともに話を聞いてくれないし」

うーん、と唸っている店長を除いて、皆の動きが一瞬止まる。

「それを早く言え!!」

「うひっ!?」

大吾たち三人に迫られ、店長は隣にいた成田の後ろに隠れた。

「まあまあ」

成田はにこやかに三人を宥めた。

「だったら話は早いじゃんか。

パンを買ってから渡せばいいってことだろ?」

それから成田は背中の店長に向かって、

「パンは小さいの一つだけでもいいんスか?」

「うん、まあ……話をしてくれると思うよ」

そしてまた大吾たちに向かい合い、

「じゃあ、食パン二十斤ほど買ってこいよ。レストラン名義で」

「ちょい待ってぇええ!!」

唐突な無茶に、店長は思わず成田の首を絞めてしまいそうになった。

「さっきの質問は一体何だったわけぇええ!?

しかも食パン二十斤ていったら、結構な量と値段だよぉおお!!」

↑※だいたい1斤で200~300円くらい。安いものは100円ほど、高いものでは1000円近くするそうです。


「大丈夫!」

成田はさわやかな笑顔な笑顔で答えた。

「全部食べれるから!」

「もう!

こんなこと、成田君だから許しちゃうけど!」


(許しちゃうんだ……)


まるでヒモとその彼女のようだ。

と思った店員であった。


===


「――行くか」


生八つ橋(皮)を片手に、意を決した犬飼。


――カララン


カントリーな店内に香ばしいパンの香りが漂う。客はおらず、店員らしき人影もいない。

犬飼はキョロキョロと店内を見まわし、品定めをした後、メロンパンを手に取り、カウンターの前に立った。

「すいませーん、お会計お願いしまーす」

カウンターの奥のわずかに開かれた扉から、タッタッタッと軽快な小走りする音が聞こえた。

「はーい。すいません、いらっしゃいませ!」

奥から出てきたのは、豊満な体つきの美女であった。

「150円になります」

犬飼は財布から小銭を出し、紙袋に入ったメロンパンを受け取った。

「すいません。私、桐崎探偵事務所の犬飼と申します。

先日お騒がせした爆発事件のお詫びに参りました」

流暢なお詫びの言葉とともに生八つ橋(皮)をスッと差し出した。

「まあ、あの時の。それはどうも」

「大変ご迷惑をお掛けしました。それでは、私はこれで……」

立ち去ろうとする犬飼に、

「あの……」



===


「遅いな~、俺のタマゴサンドとハムサンド~」

成田が空腹(さっきまでホットサンド食ってた)に腹をさすりながら机にうなだれていた。

「まだ食べる気なんですか……」

店員が若干引きながらコップに水を足した。


――カランカラン


帰ってきた犬飼はフッと笑って、手ぶらであることを示すように両手を広げた。

「やった!無事に渡せた!」

大吾は駆け寄り「イエーイ」とハイタッチした。続けて皆もハイタッチをする。

「ちょっと待て!?食パン二十斤は!?」

一緒に浮かれてた成田がハッして叫んだ。

「メロンパンならあるぞ」

犬飼は小さな紙袋をひょいと成田に渡した。

「ふざけんなよ!?俺のツナサンドとBLTサンドは!?」

メロンパンを貪りながら成田は犬飼に詰め寄る。

「パンを買ったら普通にお会計してくれたんですけど……」

「無視かよ!」

成田は一瞬でメロンパンを食べ終わり、くしゃくしゃに丸めた紙袋を犬飼の頭に投げた。

「すっげぇ美人の店員さんで、鶴が対面しなくて良かったよ。鶴が一番苦手なタイプだよ、あれは」

「すんなり渡せた割に遅かったな?」

大吾は首を傾げた。

「ああ、それは……」

犬飼はポリポリと頬を掻いた。

「その店員さんにお茶に誘われたんですけど、俺彼女いるから断ったんですよ。

そしたら店員さん落ち込んじゃって……」

犬飼は「いや、まいったな」と頭を掻いた。

「すっげぇ美人の店員さんに誘われた?」

大吾は確かめるよう繰り返した。

「はい、すっげぇ美人で、おっぱい大きい店員さん」

犬飼は頷きながら、さらに強調して言った。

「う」

「う?」

「うらやましぃいいいい!!」

嫉妬に狂った大吾が、泣きながら犬飼にヘッドロックをかました。


===


『その後の成田と鶴山』


「なあ、さっき二股どころじゃないって言ってたけど……一体何人と付き合っていたわけ?」

怪訝そうな成田に、鶴山がきょとんとした表情を見せた。

「えーと、七人」

「刺されただけで本当に良かったな」




(普通、刺すだけじゃ済まねぇよな)


===


『その後の犬飼と鶴山』


「はぁ~」

犬飼は事務所に帰るなり、盛大な溜息をついた。

「まったく、ひどい目にあったぜ」

年季の入ったソファーにどっかりと座り、痛む首筋を擦る。

「ご愁傷さま」

その斜め向かいには、鶴山が雑誌を片手にニヤニヤと笑っていた。

「だいたい俺が彼女いようがいまいが勝手だよな」

「まあ、それは個人的なことだね」

「それこそ大吾さんが独りなのも俺のせいじゃないし!」

暴力反対!と犬飼は強く抗議した。

「今回はあんたの気持ちもわかるし」

「えっ!? 何で?」

普段、折り合いが悪い鶴山が、まさか自分に同意するとは思ってもみなかった。

鶴山は犬飼の態度に然したる反応もなく話を続けた。

「さっきさぁ、愚痴がてら猿田に今日のこと話したら……、






羨ましいって、めっちゃ睨まれた」

「……あの人、いつか捕まらなきゃいいけど」




・4人の好み


大吾→年上、お姉さま系

犬飼→今の彼女

鶴山→……苦手

猿田→小さな子

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る