第4話 ロールキャベツ
ある町のある道にある、古びたレストラン「キャベツ」。
その店の記念すべき第一号客となった男、成田はまたもそこに訪れていた。
「前回、『二度と来るか』と叫んでおいて、どうして俺がここに来たのかというと……」
フフフと笑いながら、成田は安っぽい上着のポケットを探った。
「じゃーん! 特別サービス券(無期限)!」
誰もいないというのに、成田は見せびらかすように、それを高々と掲げた。
店長に引きずりこまれたあと、何をされるかと思いきや「ほんの心遣い」だと言ってそれを渡されたのだった。
「あー、初めて、第一号客でよかったって思ったよ。あはは」
すると成田はピタリと笑うのをやめて、
「……店長があちらの方でなくて本当によかった」
「え? どちらの方?」
「いや、だから男色の……」
有り得ないくらいすばやく首を回すと、レストランの入口から店員が覗いていた。
「うわっ! その動きキモい!」
「お前にだけは言われたくねぇよ! いつからそこにいた!」
「ほんのちょっと前からですよ。どうしてここに来たのか、のあたり」
「最初からじゃねぇか!」
店員はドアを大きく開いて、「どうぞ」と成田をいざなった。
入るとやはり客はいない。
「あ! 成田君いらっしゃい!」
コックの恰好をした中年の男が笑顔全開で成田を出迎えた。
「……もしかして、店長?」
「うん」
店員と男が同時にコックリと頷いた。
「嘘だぁ! あんな男版貞子みたいのが、こんなダンディマンダムになるかぁ!」
「だけど店長だもん」
「ねー!」
見事に息ピッタリな二人であった。
「そうそう、さっき成田さんが店長のことホモだって」
「ちょっ、そんなこと言ってない!」
「やだなぁ、成田君たら」
店長は気を悪くした様子もなく、この前のことが信じられないくらいに明るく笑った。
「それは昔の話だよ」
「昔はあちらにいたんですか!?」
店長はちょっと照れながら、「ハハハ」と笑った。
「いや、普通に女の子も好きだよ。結婚もしたし。捨てられちゃったけど」
「そこまでカミングアウトしなくても!」
「それでね、子供たちに会わせてくれないんだ……」
「それを俺に言われても困ります」
成田はオロオロとしながらも、シクシクと泣き始めた店長の背中を撫でた。
===
「あーあ、泣かしちゃった」
店員がプフッと笑いながら、二人の様子を見ていた。
「俺のせいかよ!?」
おもむろに頭を上げた店長の顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
「あー、泣いたらスッキリした」
「顔はスッキリしてませんけどね」
店員が用意よくタオルを渡すと、店長はグシグシと鼻水を拭いた。
「でも本当に気分が晴れたんだよ。たぶん成田君が息子に似ているからじゃないかな」
成田は少しドキッとした。
「息子さんに似ているんですか? 俺が」
「うん、なんとなく」
店長はフッと遠くを見るような目をした。
「息子が大きくなって、就職に失敗してプータローになった感じ」
「俺の感動を返せ! 今すぐ!」
成田がいきり立っていたところへ、芳しいスープの香りが漂ってきた。
「あっ、ロールキャベツを火に掛けっぱなしなの、すっかり忘れてた!」
大変だ~! と叫びながら、店長は慌てて厨房に走っていった。
成田はため息をついて、その様子を見ていた。
「忙しい店長だな」
「そうですね」
でも、と店員が意味ありげな目で成田を見た。
「いい人でしょう?」
成田は苦笑しながら、「そうだな」と答えた。
「二人とも、ロールキャベツを食べないかい? お金はいらないからさ」
成田と店員は顔を見合わせた。
「タダなら大歓迎」
「僕もいいんですか?」
店長は最初にみたいに満面の笑顔を見せた。
「もちろんだよ!」
店長が自ら運んできたロールキャベツは、コンソメのスープに旨味が染み込んでいて、
「うまっ!」
「とても美味しいです」
店長は満足そうな顔で、うんうんとしきりに頷いていた。
「ところでね、息子はロールキャベツが大好物なんだよ」
二人は「へえ~」と声を合わせた。
「家はずっとトマトスープで作ってて、ある日コンソメスープで作ってみたら……」
『お父さん、邪道だよ』
「……って、あれはちょっと堪えたなぁ」
「だから、俺にどうしろと?」
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