第3話 和風炒め
ある町のある道にある、古びたレストラン「キャベツ」。
「いらっしゃい、成田空港さん」
「確かに俺は成田だが、家が空港になった覚えはない」
レストランの第一号客となった男がチッと舌打ちをした。
「いいじゃないですか、どっちでも」
「名前を教えたとたんにこの仕打ちか! いいかげんに泣くぞゴラァ!」
「まあまあ、キャベツの和風炒めでもどうですか」
「だまされるかぁ! どうせキャベツだけなんだろ。二度と来るかこんな店!」
「いえ大丈夫、これで三度目です。そして今回はキャベツのほかに、豚肉、人参、マイタケを使い、しょうゆと和風ダシで炒めた新作です」
どこから出したのか、ホカホカと湯気がたっている野菜炒めが目の前に現われた。しょうゆのいい香りが鼻をくすぐった。
「まだメニューに載ってない、できたての新作ですから、味見がてらタダで召し上がっていただこうかと……」
成田はだまって店員の肩に両手を乗せた。
「いつだって相談にのるぜ心の友よ」
「……」
成田の歯がキラリと輝いた。
また客のいない店内の適当な場所に座り、和風炒めと白飯を豪快に掻き込んだ。
「うまっ! うままっ!」
「馬?」
「馬肉じゃねーよ。この野菜炒めかなりうまい」
「それはよかった。店長も喜びますね」
成田はせわしなく動かしていた箸をピタリと止め、考え込むような顔をした。
「……ところで、ここの店長はキャベツが好きなのか? 店にこんな名前まで付けて」
「さあ?」
「さあって……」
「確かに店長は、キャベツを使った料理ばかりを作りますけどね」
「えっ、店長が料理してんの?」
「そう。だから言ったでしょ? 店長も喜びますって」
成田はいっぱいになった腹を撫でながら、あまり綺麗とは言えない窓の外を見た。
「店長もかわいそうに。せっかくの店に誰も来ないなんて。それでも長い間続ける根性は見上げたもんだ」
「そうですね。半年経って、お客は貴方が初めてです」
「たった半年でこのボロさ!?」
「ええまあ。だから成田さんがまたここに来て下さって、店長は本当に嬉しそうでした。新作の野菜炒めだって、最初に貴方に食べてもらうんだって言ってましたし」
店員の言葉に、成田は目頭が熱くなるのを感じた。
===
今まで得体の知れない青いジュースやら、キャベツがふんだんに入ったコロッケやら、はっきり言って最悪な店だと思っていた。
(……そんな店に三度も足を運ぶ俺も不思議だが)
「俺にタダ飯を食わせてくれるなんて……なんて素晴らしい店長なんだ!」
「感動ポイントが微妙にズレてますね」
成田はすくっと立ち上がり、真面目くさった顔で店員に向き直った。
「おい、店長に会わせてくれ」
「苦情なら受け付ける理由が見当たりません」
「ちがわいっ! 店長に直接、うまかったって言いたいんだ」
店員は「ふむ……」とつぶやいて、ほんの少しの間考え込んでいた。
「それくらいなら、いいでしょう」
店員はやれやれと言うように、肩をすくめた。
(……こいつ、なんか偉そう)
「では、こちらにどうぞ」
店員の案内で、成田は店の奥へと入っていった。
「おい、厨房に行くんじゃないのか?」
厨房を素通りし、成田は首をかしげた。
「いえ、今は別の部屋にいるはずです」
成田は「ふうん」とつぶやいて、そのまま素直に後に従った。
「ここです」
目の前に、ずうん、と立ちはだかる重そうな扉に、成田は思わず後ずさった。
「……ここに店長が?」
「ええ、店長が」
成田はゴクリと息を飲み、意を決して扉を開いた。扉は本当に重かった。
「……あれ?」
扉の向こうに店長はいなかった。それどころか部屋もなかった。あるのはトイレぐらいのスペースしかない空間である。
……ブツブツブツブツブツブツ……
「なんか変な音が聞こえるんだけど?」
「どこから?」
「えっと、下のほう……」
そうして下を見ると、床の代わりにぽっかりと穴あり、無限に広がる暗闇のなかから、確かに音が聞こえた。
……ズルリ
「うわっ、なんか出た!」
「店長、この人が成田さんですよ」
「ええっ!? これが店長!?」
「……ナリタクン、ナリタクン、ナリタクン……」
「さあ、店長。あとはご自由に。煮るなり焼くなり、コロ助なり」
「謀ったな! このコロ助ぇええ!」
「……ナリタクン」
ズルリとはい出た店長の手に足を掴まれた。
「もう二度と来るかぁああ!」
布を裂くような成田の叫びが店中に響いた。しかし、それを聞いた人間はいない。
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